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まち歩きなど、随時アップしています。

神流・御荷鉾山 鉾のある東西2つの山頂

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群馬県の南端、神流(かんな)町。
下久保ダムで生まれた神流湖の北西に位置するのが、東西の御荷鉾山です。
林道を上ると駐車場がある登山口があり、近くには立派な「鉾」が祀られていました。


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まず目指すのは、西御荷鉾山です。
山頂までは30分ほどですが急斜面が続き、たっぷり汗が搾り取られました。
頂上周辺は木々がなく、草原になっています。その理由は…
1700年代に疫病が流行し、古くから信仰の対象だった山にお祈りしたところ治まりました。
村人達はそれを機に、山頂付近に大きな「〇」の中に「大」の字を描くようになったそうです。
偉大さをあらわす「大」、ということでしょう。
晩秋に草を刈って描き出すその印はマルダイと呼ばれ、代々継承されているようです。
頂上に立つとあまりに近過ぎて、残念ながらよくわかりませんでした。


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頂上から見下ろすと、ゴルフ場跡地にソーラーパネルがたくさん並んでいました。
効率や管理の面では、元ゴルフ場というのは最適な場所なのかもしれません。


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次に目指すのは、東御荷鉾山です。
針葉樹が多く植林されていて、主にスギやヒノキの林の中を歩きます。
同じ山の中でも無風の所と、谷からの吹き上げが心地よい場所がはっきり分かれます。
気持ちよい風がよく通るのは、どこも広葉樹が多い場所のようでした。


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途中木々の間から、東御荷鉾山が見えます。
東西両方とも、お椀をひっくり返したような良い形をした山です。


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東御荷鉾山の山頂にも石碑があり、新旧の鉾が数本置かれています。
空を見上げるとたくさんのトンボが飛んでいて、どこか秋の風景のように感じました。


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下山して車で林道を下ると、神流川に出ます。
山に囲まれた不便そうな場所ですが、この流域は縄文時代の遺跡が多くあるそうです。
縄文人にすると、水もあり木の実や獲物が身近にある便利な場所だったのでしょう。


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神流川沿いを下ると、旧鬼石町(現在は藤岡市に編入)に出ます。
そこには廃校の跡地を利用して建てられた、道の駅「上州おにし」があります。
裏には昭和50年に閉校された校舎が残り、当時の空気をそのまま伝えています。
外観を見る限りでは、かなり老朽化が進んでいました。
一刻も早く修繕の手を入れて、有効活用できると良いのですが…。


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木造校舎の横には、鉄筋コンクリートの小さな建物がありました。
扉を開けて中に入ると、アナウンスが流れ始め目の前に縄文時代の住居跡が広がります。
昭和12年に発見され、発掘された当時のまま保存されているそうです。
住居は235×197㎝の長方形の大きさで、中央の炉には灰と炭まで残っていました。
縄文人がまさにここで生活していたんだ…と思うと、とても不思議な感覚になります。
この地の特産・三波石が床に使われ、道の駅の中にも石の展示室があります。
まだまだ観光に訪れる人は少ないようですが、見どころはたくさんありそうな場所でした。
終のすみかづくりを通して

Author:サトウマサシ

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