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みなかみ・谷川岳-4 雲の下におりる

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頂上は雲の中で真っ白でしたが、少し下るとスッキリ良い天気になりました。
下りは余裕ができて、ゆっくり景色を楽しめます。
岩の上での記念撮影、遠目に見ると危なそうです…。


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東方向に見える、西黒尾根です。
ロープウェイを使わずに、山頂を目指すコースがあります。
日本有数の急登だそうで、初心者は下山しないように注意されていました。


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濃い朱色に塗られた鎧張りの金属板の壁が力強い、熊穴沢避難小屋。
過酷な環境下で、しかも車の入れない場所につくられた建物です。
どのようにしてつくられたのか、維持管理されているのか、とても興味があります。
そんな解説があれば、登山者にさらに大切にされる小屋になりそうです。


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登ってきた谷川岳が、正面に見える場所に出ました。
やはり山頂付近だけ、雲がかかっています。
きれいに全容を見たい反面、今ごろ晴れると少し悔しいので、よかったです。
次に来るときは、快晴の日を狙いたいと思います。


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天神平に、戻ってきました。
左の建物がロープウェイの天神平駅で、その周囲にゲレンデが広がります。
5月ごろまで雪が残るスキー場なので、春スキーを楽しめることで有名です。
レストハウスでソフトクリームを食べ、一休みしてからロープウェイで下山しました。

みなかみ・谷川岳-3 雲の中の山頂

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山頂を目前にして建つ山小屋「肩ノ小屋」の横には、「谷川の鐘」が吊るされています。
鐘を目にすると、どんな音か聞きたくて、自然に手が伸びてしまいます。


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小屋の入口は、強風にも耐えられそうな鉄扉でした。
扉の上にもう1つ小さな扉、その横にはハシゴがあります。
大雪の時の、出入りに使うのでしょうか?


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山のてっぺんですが、しっかりした設備が整っていました。
こういう山小屋があると、安心して登山ができます。


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谷川岳は双耳峰と呼ばれ、「トマの耳・オキの耳」という2つの山頂があります。
まずは、トマの耳に向かいます。
しかし…山小屋から少し登ったとたん、一面雲に覆われてしまいました。


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さらに先にある、オキの耳に向かいます。
トマの耳より14m高いので、こちらが正式な山頂なのかもしれません。
しかしやはり…、さらに濃い雲の中になってしまいました。


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休憩中のようですが、絶壁を背にしていることに気付いていないかもしれません。
360℃真っ白な雲の中も、普段は味わえない面白い世界でした。

みなかみ・谷川岳-2 ヘリコプターを見下ろす

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登るにつれて高い樹木が少なくなり、視界が開けます。
西に広がる壮大な山の姿を眺めていると、山裾に何やら煙突のようなものが?
こんな山深い所に、何だろうと思っていると…
他の登山者が、上越新幹線の大清水トンネルの通気口だと教えてくれました。


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つばがついていて、穴もまん丸ではない独特の形をしていました。
このトンネルと並んで、関越自動車道・関越トンネルがあります。
この山の下ですごい大工事が行われたのだと、あらためて感心しました。


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低木や笹の風景になり、いよいよ頂上に近づいてきました。
先の登山道もよく見えて、視界良好です。


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バタバタと大きな音が、聞こえてきました。
目をやると、なんと視線より低い位置にヘリコプターが飛んでいます。
いつも登っているような低い山では体験できない、不思議な光景でした。


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あっという間に雲が湧き起こり、すごいスピードで風で流されてきます。
頂上に着いた時には、少しでも晴れてくれるとよいのですが…

みなかみ・谷川岳-1 ロープウェイで標高1319mへ

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立体駐車場と直結する、標高746mの土合口駅から乗るロープウェイ。
標高1319mの天神平駅まで、573mの高低差を15分で上がります。
山の装備をした人、観光で訪れた家族連れなど、様々な人が利用しています。


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見下ろすと沢が流れていて、滝の様子もよくわかります。
沢に沿って、登山道がありました。
さすがに上る人は少ないようですが、下りの人は数名見かけました。
時間に余裕があれば、歩いて下山するのも楽しいかもしれません。


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晴天の中、いよいよ登山開始。
正面に見える谷川岳の山頂付近は、雲がかかっています。


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険しい山肌には、流れ落ちる水が白い筋になって見えています。
川の始まりです。
この水が湯檜曽川、利根川へと流れ込み、太平洋までつながると思うと壮大です。


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足元を見ると、鮮やかな黄色をした不思議な形のものが…
後で調べると、ニカワホウキダケという毒キノコの1種でした。
ホウキを逆さまにしたような形から、命名されているそうです。


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真っ赤なサンゴのようなものが、登山道にたくさん散らばっているのを目にします。
鳥たちが食べた後のミズキの実の房が、落ちたものでした。
秋の山は、彩りが豊かです。

みなかみ・大峰沼~吾妻耶山-2 秋の山のキノコ色々

8-1-1126

ススキが風になびき、空もどこか秋を感じる季節です。
ヤマヒルに苦労した山ですが、色とりどりのキノコを見て楽しめる山でもありました。


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キノコの知識がないので、名前も、食べられるのかもわかりません。
それでも、目を引く色や形は見ているだけで楽しめます。
デザインされたような鮮やかな赤いキノコが、3つ並んでいました。


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誰かが山に落としていった、ハンバーガー?
それも1つで満腹になりそうな、超ビッグサイズです。


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暗い森の中でひときわ目立つ、白く美しい姿。
帰ってから図鑑で調べてみると…
英語名で「殺しの天使」と名付けられた、最強毒キノコ「ドクツルタケ」のようです!
処置をしなければ、ほぼ確実に命を落とすそうです。


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枯葉の中から顔を出した、可愛らしい小さなキノコ。
真っ赤な傘と白い柄で、絵本に出てきそうキュートな姿ですが、これも調べてみると…
「ドクベニダケ」のようで、名前の通り毒があります。
毒はさほど強くなく、そもそも辛くて苦いので食べられないそうです。
…と言うことは、味わってみた人がいるということでしょうか?


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高貴な紫色で、その上ツヤツヤと光っていました。
食べられるキノコや山菜を見分けられる人は、本当にすごいと思います。
本で得た知識は、自然の中で重ねた経験にはかないません。


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車で山を下る途中、急にヤマドリが道の脇から現れました。
車を停めると、真っ赤な顔をこちらに向けて羽を広げて威嚇(?)してきます。
窓を開けてカメラを向けると、残念ながら逃げてしまいました。
初めて間近で見ましたが、姿形の凛々しい美しい鳥でした。

みなかみ・大峰沼~吾妻耶山-1 山ヒル注意!

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群馬県・月夜野インターから程近い大峰沼を経由して、吾妻耶山に上るコース。
登山口の駐車場から大峰沼までは、比較的整備された道が続きます。
その途中、前を歩く地元の人が一人立ち止まって声をかけてきました。
「今日は特に山ヒルが多いから、注意したほうがいいですよ…」
足元を見ると、すでに何匹ものヒルが靴を這い上がってきています!
ズボンのすそを上げると、靴下の上からすでに1匹が血を吸い始めていました。
ゴムのように伸びるヒルをどうにか引き剥がし、沼の畔にある休憩所まで急ぎます。
地面から木製デッキの上に上がり、一安心して再び足元を確認。
すると早くも数匹のヒルが、這い上がっています!
地元の人がヒル除けを取り出し、靴とズボンの裾にスプレーしてくれました。
どんなものか見せていただくと、その商品名は…「ヒル下がりのジョー」。
ジョーも無敵ではないそうなので、その後も足元を気にしながら先に進みます。
大峰沼は浮島で有名ですが、水が少なく浮いた風景は見られませんでした。
というより、ヒル騒動でゆっくり景色を楽しむ余裕はありませんでした。


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大峰山山頂を目指しますが、林の伐採でルートがわからなかったり、倒木があったり…。
草も生い茂っているのでヒルが気になり、ゆっくり山歩きを楽しめません。
通り過ぎかけた目立たない山頂付近まで来て、やっと少し安心できるようになりました。
キノコがたくさん顔を出す山道を、アップダウンしながらさらに進みます。
やがて石の門柱が見えたら、吾妻耶山の山頂に到着です。


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山頂には、明治24年につくられたという石の祠が3つ並んでいます。
それぞれ別の町村の名が、刻まれていました。
地元の信仰が、昔から広く厚かったようです。


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谷川岳を望みましたが、あいにく雲に隠れて見えません。
そのかわり手前の山に霞みがかかり、一文字に横たわる虹が出ていました。


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山頂からは、山間を流れる利根川沿いの水上温泉街が、間近に見下ろせます。


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復路は、ノルンスキー場の横を通るルートです。
スキーならあっという間のゲレンデも、広い視界を楽しみながらのんびり下ります。


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ゲレンデから再び森に入ると、まだ緑の葉が残る新しい倒木が多く見られました。
今年の台風の影響でしょうか。


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壊れかけた吾妻耶神社の鳥居が、現れました。
何回建て直しても一本になってしまうので、「一本鳥居」と名付けられています。
見ると看板も壊れているので、雪か風の影響を受けやすい場所なのかもしれません。
ここを過ぎると間もなく、ヒルに襲われた往路の大峰沼のルートに合流です。
とにかく早足で一気に駐車場まで下り、足元を見ると…
やられていました!
すでにヒルはいませんが、靴下に2か所大きく血がにじんでいます。
「ヒル下がりのジョー」の力及ばず、かなり早い時に吸われていたようです。
地元の人が吸われた時は、2~3日血が止まらなかったと聞きました。
心配しましたが、そこまではひどくならずに済んだのが幸いです。
できれば、ヒルのいない時期に行きたい山です。

新湊・日本のベニス-内川

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富山湾に面する射水市の新湊地区。
東の富山新港と西の庄川河口を結ぶ運河が、日本のベニスと呼ばれる内川です。
北前船の中継地として栄え、両側には古い街並が連なります。
驚くほど間近にある水面と、多くの漁船が独特の風景をつくりだしていました。


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3kmほどの短い運河ですが、その間に橋が15か所もあります。
個性的な橋が多い中、一際目立つのが赤い屋根がかかる「東橋」です。
スペイン人の建築家セザール・ポルテラ氏によって、設計されました。


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歩行者と自転車だけが渡れる橋で、街並みにも溶け込んでいる印象です。
一方で屋根に載せられた月と太陽が、どこか異国情緒を醸し出しています。
海の先の世界とつながる、港町ならではのデザインかもしれません。
とても暑い日でしたが、橋上は川面を伝う風が気持ち良く通り抜けていました。


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東橋のすぐ隣には、コンクリートの水道橋が架かっていました。
人や車が渡らないので、古いまま残されているのでしょう。
それがかえって味となり、趣のある風景になっています。


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映画のロケにも使われた番屋(漁師の作業小屋)が、カフェなどで活用されています。


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室内から外を眺めると、水面に近い生活を実感できます。


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古い時代がそのまま残る街中では、他にも映画のロケ地を多く見かけます。
こちらは紫色の看板が似合う、スナック「海の女王」!
店内ものぞいてみたいところですが、残念ながら閉まっていました。


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運河沿いには「川の駅・新湊」があり、休憩したり買い物が楽しめます。
水辺と一体になった暮らしが、感じられる街でした。
水鳥にしてもそれは同じなのでしょう、目の前のサギも…逃げません。

神流・御荷鉾山 鉾のある東西2つの山頂

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群馬県の南端、神流(かんな)町。
下久保ダムで生まれた神流湖の北西に位置するのが、東西の御荷鉾山です。
林道を上ると駐車場がある登山口があり、近くには立派な「鉾」が祀られていました。


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まず目指すのは、西御荷鉾山です。
山頂までは30分ほどですが急斜面が続き、たっぷり汗が搾り取られました。
頂上周辺は木々がなく、草原になっています。その理由は…
1700年代に疫病が流行し、古くから信仰の対象だった山にお祈りしたところ治まりました。
村人達はそれを機に、山頂付近に大きな「〇」の中に「大」の字を描くようになったそうです。
偉大さをあらわす「大」、ということでしょう。
晩秋に草を刈って描き出すその印はマルダイと呼ばれ、代々継承されているようです。
頂上に立つとあまりに近過ぎて、残念ながらよくわかりませんでした。


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頂上から見下ろすと、ゴルフ場跡地にソーラーパネルがたくさん並んでいました。
効率や管理の面では、元ゴルフ場というのは最適な場所なのかもしれません。


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次に目指すのは、東御荷鉾山です。
針葉樹が多く植林されていて、主にスギやヒノキの林の中を歩きます。
同じ山の中でも無風の所と、谷からの吹き上げが心地よい場所がはっきり分かれます。
気持ちよい風がよく通るのは、どこも広葉樹が多い場所のようでした。


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途中木々の間から、東御荷鉾山が見えます。
東西両方とも、お椀をひっくり返したような良い形をした山です。


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東御荷鉾山の山頂にも石碑があり、新旧の鉾が数本置かれています。
空を見上げるとたくさんのトンボが飛んでいて、どこか秋の風景のように感じました。


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下山して車で林道を下ると、神流川に出ます。
山に囲まれた不便そうな場所ですが、この流域は縄文時代の遺跡が多くあるそうです。
縄文人にすると、水もあり木の実や獲物が身近にある便利な場所だったのでしょう。


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神流川沿いを下ると、旧鬼石町(現在は藤岡市に編入)に出ます。
そこには廃校の跡地を利用して建てられた、道の駅「上州おにし」があります。
裏には昭和50年に閉校された校舎が残り、当時の空気をそのまま伝えています。
外観を見る限りでは、かなり老朽化が進んでいました。
一刻も早く修繕の手を入れて、有効活用できると良いのですが…。


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木造校舎の横には、鉄筋コンクリートの小さな建物がありました。
扉を開けて中に入ると、アナウンスが流れ始め目の前に縄文時代の住居跡が広がります。
昭和12年に発見され、発掘された当時のまま保存されているそうです。
住居は235×197㎝の長方形の大きさで、中央の炉には灰と炭まで残っていました。
縄文人がまさにここで生活していたんだ…と思うと、とても不思議な感覚になります。
この地の特産・三波石が床に使われ、道の駅の中にも石の展示室があります。
まだまだ観光に訪れる人は少ないようですが、見どころはたくさんありそうな場所でした。

下田 夏の始まり

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いよいよ夏本番、海の季節になりました。
きれいな砂浜で有名な下田ですが、魅力的な磯も数多くあります。
潮が引くと「磯だまり」ができて、様々な生き物を間近で観察することができます。


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夏の始まりには、ピンク地に黒と黄色の縞模様があるキヌバリを多く見かけます。
キタマクラの子供やイソスジエビ、ウミウシなどを見ることができました。
観察後は、もちろん磯に戻します。


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体長10㎝ぐらいのクサフグが、休んでいました。
これより大きいのは、よく見かけます。
逆にこれより小さいクサフグは、ほとんど見ることがありません。
もう少し早い時期であれば、居るのかもしれませんが…。


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穏やかな海面に停泊するヨット。
ボードの上に立ってパドルを漕ぐ人が、気持ちよさそうに通り過ぎます。


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夕方が近づくと、地元の人が釣りにやってきます。
この収穫が、晩御飯のおかずになるのでしょうか。
食べものを、身近な場所で自分で調達できるのが、なんとも羨ましい限りです。


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この時期には、ネムノキが花を咲かせます。
細かい葉をもつ木らしく、花びらも糸のような細かさです。


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下田東急ホテルのエントランス前が、南国風のイルミネーションで飾られていました。
昼間の印象とは、ガラっと変わってとても幻想的な風景です。


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海沿いの崖の上に建つ下田東急ホテルは、1962年の開業です。
最近リニューアルされましたが、以前からの雰囲気が引き継がれました。
すべて新しくするのは簡単ですが、歴史あるものを残して大事に使う姿勢が感じられます。
館内には、開業時から54年間活躍したボイラーの一部が展示されています。
当初は石炭で、給湯と暖房を支えていたそうです。

宝達志水・末森城跡と千里浜 加賀百万石の礎となる合戦場

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戦国時代末期、前田利家の領地の中間地点として要衝の地であった宝達志水町。
見晴らしがきき、防衛がしやすいことから末森山に拠点としての城が築かれました。
1584年、越中の佐々成政が領地分断を狙い、その城に攻め入ります。
その数1万5千もの大群に対し、城を守るのは500人足らず。
その情報を聞き利家は夕方に金沢を出陣し、明け方には相手の背後をつくことに成功。
この勝利で利家は越中を手に入れ、その後加賀百万石を築いていくことになります。
この時の騎馬軍は、硬い砂地が特徴の海岸を利用して奇襲しました。
その海岸が、現在では車で走ることができる「千里浜なぎさドライブウェイ」になっています。
入口には、山の地形を生かした城跡の全景を伝える看板がありました。


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暗い林道を進み、頂上に近くなると平らな場所がいくつか現れました。
これは、二ノ丸があった場所です。
遺跡は何も残っていないのですが、かつて戦場だった空気が今でも伝わってきます。


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頂上からは、間近にせまった日本海が眺められます。


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城跡を下り海岸に出ると、全長8㎞の「千里浜なぎさドライブウェイ」の南端でした。
日本で唯一車で走ることができる、砂浜の道路です。
平らに見えますが、所々大きく凸凹しているので要注意です。


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砂の道を北上し羽咋に入ると、道の駅・のと千里浜があります。
ここで注目は、砂で汚れ潮を浴びた車の足回りを洗う「タイヤシャワー」です。
なんと24時間、それも無料で使えます。
源泉かけ流しの足湯もあるので、車だけでなく人も足回りをリフレッシュできます。


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千里浜では砂像のイベントがあるようですが、道の駅にも大きな像がありました。
ちょうどコテをつかって修理中で、細部までクッキリと形ができています。
この土地の砂は、固まりやすい特性があるのかもしれません。

宝達志水・宝達山 能登半島の最高峰

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能登有料道路が、平成25年に「のと里山海道」と名前を変え無料化されました。
そのおかげで、金沢から能登半島へのアクセスがとても便利になっています。
半島付け根の西側、・宝達志水町のシンボルは、半島の最高峰・宝達山。
宝達という名は、江戸時代前期まで金の採掘が盛んだったことが由来です。
手速比め神社・下社そばにある、「こぶし道」の入口から登山開始です。


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登り始めてすぐに、水場がありました。
この山には多くの金鉱跡があるそうですが、現在は草木に埋もれてわかりません。
最盛期には、今換算すると何兆円にもなる金を採掘していたそうです。
その当時の労働者たちも、この泉でのどを潤していたことでしょう。


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ちょうど藤の時期で、山のあちこちに薄紫色の花が見えました。
ツタで他の木に絡まって、広がっている様子がよくわかります。


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頂上には、手速比め神社・上社が建っています。
能登半島最高峰ではありますが、鳥居がある場所で634m。
ちょうどスカイツリーと同じ高さです。
この鳥居は、昭和47年につくられたものが腐食し、平成28年に建て替えられました。
以前の鳥居がどんな状態だったかわかりませんが、44年間ぐらいはもつようです。
厳しい北陸の冬の気候と、山頂に建つことを考えると長持ちなのかもしれません。


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山頂から白山方向を見ると、まだ雪をかぶった山々が屏風のようにそびえたちます。
景色は気持ちよいのですが、山頂付近はアンテナが林立し少し興ざめです。
しかしその分、しっかり舗装された林道が整備されています。
頂上から少し下った所には駐車場もあり、「山の竜宮城」という休憩施設まであります。
実際、車やバイクで気軽に訪れている人もたくさんいました。


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頂上北側には遊歩道が整備されたブナ林が広がり、気持ち良い新緑に包まれます。

野々市・カレード 図書館+市民学習施設から感じる豊かさ

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訪れるたびに魅力が増す街、石川県中央部にある野々市市。
最近また一つ、新たな魅力が加わりました。
図書館と市民学習の機能をまとめた、「学びの杜・ののいちカレード」です。
住宅街の中、芝生広場に囲まれてのびのびと建っています。


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エントランスに近づくと、特徴的な銀色の軒天井が目に飛び込んできます。
芝生の色が反射して、意外と馴染んでいました。
北陸の冬の気候に配慮して、耐候性のある仕上げにしたのかなと思って中に入ると…


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室内の天井も、全面銀色!
高い天井に光や景色を反射して、さらに広がりを感じます。
児童書コーナーでは、子供向けに音楽+読み聞かせのイベントが開催中。
木琴の音が、大きなワンルームの図書館に心地よく響いていました。
天井から吊られた円形幕に描かれた絵は、地元出身のアニメ作家の作品とのことです。


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吹抜けて2層分の高さのある本棚タワーが、シンボリックにそびえています。
本も人も、まだまだたくさん受け入れられる余裕を感じます。
ゆったり気分に浸れるのが、地方都市の豊かさなのかもしれません。


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図書室の周囲には、市民学習で利用する様々なスタジオがあります。
これはキッチンスタジオですが、他に音楽専用や陶芸などができる部屋もありました。
ギャラリーやカフェも併設され、晴天が少ない冬でもここなら一日楽しめそうです。


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本の選出もよく、興味が引かれるものがたくさん並んでいます。
真新しい本ばかりで気持ち良い上に、本の消毒器まで設置されています。

お台場・レインボーブリッジ 歩いて渡る

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車や電車(ゆりかもめ)で渡ると、車窓を楽しむ間もないレインボーブリッジ。
ゆっくり景色を見るため、芝浦ふ頭側から歩いて渡ってみました。
上に首都高、下は中央にゆりかもめ・両側に道路が通る2段の合流点の見上げです。
吊り橋を留めている巨大な建造物内にエレベーターがあり、橋桁まで上がります。


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エレベーター乗り場では、橋の南北どちら側を通るか選ぶことができます。
なんとなく南側を選びましたが、お台場の景色が楽しめたので正解でした。


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足がすくむような高さから、これぞ「湾岸」という景色が一望できます。
ボートレースさながらに、飛ばすジェットスキー。
人それぞれ、水辺を上手に利用して色々な楽しみ方をしているようです。


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橋桁下段にある歩道には、所々にネットがなくてすっきり展望できる場所があります。
やはり風はかなり強く、悪天候の時は通行止めになるようです。
自転車もエレベータで上がって渡ることができますが、漕いで乗ることは出来ません。


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自転車は台車に後輪を縛り付けて、押していかなければなりません。
橋のたもとにある貸出小屋には、手作りの台車がたくさん並んでいました。
現代的な橋のイメージとは対照的に、のどかさを感じる風景です。


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第六台場が、近づいてきました。
全周を海に囲まれ、立ち入り禁止になっています。
かつて防衛の拠点としてつくられたことを思うと、どことなく恐ろしい印象です。


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第三台場は、海浜公園と陸続きになっています。
新しい街を背景に、桟橋が朽ちていく姿がそのまま残され、時間の流れを感じます。


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遊覧船も多く行き交い、そのまわりにはエサを求めてカモメが群れをなしています。
船上の人達の目には、また一味違う風景が広がっていることでしょう。


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橋を渡り切った所には、お台場ビーチが広がります。
砂浜では、お台場への路線の名前にもなったユリカモメを間近で観察できます。

芝・増上寺 浜松町駅から伸びる一本の軸線

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近年変わりつつある浜松町駅から、西へ進むと現れる大門。
門の先には増上寺があり、まっすぐな一本の軸線が通っているのがよくわかります。
新しそうな門に見えますが、昭和12年誕生なので80歳!です。
江戸時代につくられた初代を踏襲して、鉄筋コンクリートで再建されています。
あえて鉄筋やコンクリートを使って、伝統的な木造の形をつくるのは大変だと思います。
それでも同様の建物が各地にあるということは、それが必要な場面があるのでしょう。
どこかで一度、鉄筋コンクリートで作っている現場を間近で見てみたいものです。


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日比谷通りに面した、大きな三解脱門。
この門は、江戸時代初期の面影を残す唯一の建造物です。
東京タワーとセットで、芝周辺の風景をつくり出しています。


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階段を上り振り返ると、浜松町よりかなり高いことに気づかされます。
海に近い場所なので、もしかしたら江戸時代は東京湾まで見渡せたかもしれません。
訪れたのは桜吹雪が舞う時期で、華やかな気分になる境内でした。


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増上寺に隣接して、こぢんまりとした芝東照宮があります。
全国各地にある東照宮と同様に、徳川家康が祀られています。
戦争で焼失しましたが、昭和44年に再建されました。
それを考えるとすぐ近くにあるあの大きな三解脱門は、よく戦火から守られたものです。

日比谷公園 幹回り7mの大イチョウ

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大都会・東京ですが、その分古くから整備された緑豊かな公園が多くあります。
中でも日比谷公園は、その代表的なものの一つでしょう。
これは、公園中央のレストラン・松本楼の隣に立つ大イチョウ。
幹回りは約7mで、公園内ではダントツで太い大木です。
もともと日比谷交差点脇にあり、明治32年に道路拡張で伐採されかかっていたそうです。
そこを日比谷公園生みの親である博士が、首にかけても…と努力し移植しました。
そのためこの木は、「首賭けイチョウ」と呼ばれています。


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イチョウの足もとには、小さな石橋があります。
目立たないのであまり気にも留められませんが、増上寺にあった江戸時代のものだそうです。
やはり道路をつくる際に、ここに移されました。
古くからある東京の公園をよく見ていくと、色々面白いことに出会えそうです。


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訪れた時は、チューリップが見ごろでした。
新緑も美しく、小鳥もたくさんいて、まさに都会のオアシスです。

浦和 さくらの花いろいろ

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この時期は、仕事場への行き帰りの道でも桜に目がいきます。
歴史の古い高砂小学校の横には、紅白のしだれ桜が並んでいます。
もうすでに散り始めて、緑の葉が見え始めていました。


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秋には紅葉を目にした長久山円蔵寺は、桜が門のように頭上に枝を伸ばしています。
地面に落ちた花びらが、きれいなピンク色の参道を作っていました。


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南浦和のもみじ公園では、毎年ちょうちんでライトアップされた夜桜が楽しめます。
名前と違ってもみじは無く、桜の木に囲まれた小さな公園です。
今年は夜も寒くないので、隣のドラッグストアでビールを買ってゆっくり楽しみました。

浦和・玉蔵院 しだれ桜と猫

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紅白の梅が散ると、今度はしだれ桜が咲き始めます。
いつもは境内でのんびりしている猫も、訪れる人が増えて落ち着かない様子です。


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まだ、三分咲きといったところです。
大きく広がるように、たくさんの竹が組まれ枝を支えています。


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カワラヒワでしょうか。
まだ葉が茂っていないこの時期は、声を追うだけで小鳥を見つけられる楽しい季節です。

浦和・玉蔵院 紅白の梅

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仕事場に近いお寺の梅が、紅白そろって咲きました。
これを見ると、もう春だな…と毎年感じます。
通りがかりの人も、思わず立ち止まって見上げていました。


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春が近づくと、小鳥たちも少しづつ活発になっていくようです。
聞き慣れないチッ…チッ…という鳴き声で、その方向に目をやるとアオジがいました。
近所では見かけない鳥ですが、最近ちょうど動物園で見ていたのですぐわかりました。
黄色いおなかが可愛らしい、スズメくらいの大きさです。
カメラを向けても逃げることなく、しっかりシャッターが切れました。

館林・製粉ミュージアム あらためて小麦粉を知る

8-1-1041

日清製粉の創業の地、群馬県館林。
館林駅前に、小麦粉の製造とその歴史を展示した「製粉ミュージアム」があります。
新館から見える灰色の壁をした本館は、創業期から使われていた建物です。
庭には、製粉用の石臼が置かれていました。
入館料は200円で、最後にお土産がいただけます。


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エントランスがある新館では、小麦粉のつくられ方を知ることができます。
新旧の機械が並べられていますが、どうしても興味は古い方に向いてしまいます。
手前が小麦を砕く「ロール機」、奥はふるいにかける「シフター」。
このロール機は1926年に導入され、2014年まで稼働していたそうです。
主に鋳鉄の部品で組み上がっていますが、なぜか上の箱だけ木製です。
当初は、手動で動かしていたとのこと。
木製のほうが、軽くてメンテナンスしやすかったのでしょうか?


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小麦を細かく砕くための、ロールです。
表面が、粗目から細か目まで変化します。


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ふるいを行う、旧型のシフターです。
隣の最新型と性能は全然違うのでしょうが、仕組みはほとんど変わらないように見えます。
1 重ねたネットの上から粉砕された小麦を入れ、
2 天井吊りのクランク棒が回って振動させると、
3 下の穴から小麦粉が出てくる。
この機械では、ふるいを吊る部材に木製の丸棒4本が使われています。
かなりの振動があると思いますが、木のほうが揺れ方がいいのか?
それとも、壊れても交換しやすいからなのか…?


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粉砕した小麦をふるい分ける、ネットです。
粗目から非常に細かい目まで、段階的になっています。


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これを見ると「砕いて・ふるって・より分けて」という状態が、ひと目でわかります。
シンプルな工程ですが、それが何段階も行われていることに驚きです。


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本館奥に日清フーズ工場が見えますが、製粉工場は集約化のため2002年に閉鎖。
それに伴いたくさんの工場建物が、2003年に解体されました。
その中には明治44年に建てられた、なんと木造5階建て!の建物もあったそうです。
知っていれば、実物があるうちに是非一度見ておきたかった…。
老朽化が著しいため、実測と写真で記録だけが残されました。
現在ミュージアム本館の建物は、明治33年につくられたものがベースになっています。
明治44年に現在の場所に移転し、工場事務所として使われていました。
2012年のミュージアム新館建設に合わせて、保存修理と免震化が行われています。



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明治の様式が感じられる本館の室内には、日清製粉の歩みが展示されています。
部屋の中央には、創業期のロール機が置かれていました。
明治41年に館林工場ができた当時から使われていた、アメリカ製です。
この機械も、上部の箱部分は木製でした。


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壁・天井は、漆喰で仕上げられています。
かなり立体的に作られた鶴と亀の鏝絵(こてえ)を、間近に見ることができます。


8-1-1050

建物の前には、きれいに手入れされた庭園が広がります。
池の中に見える円筒形は、1870年にフランスでつくられた瑪瑙(めのう)の石臼です。
1905年に北海道の修道院に渡り、使われていたそうです。
かなり大きいので人力ではとても回せそうにないな、と思っていると…
幸運にも、池で獲物を捕る鮮やかな色のカワセミを見ることができました。
右奥に見えるのが、館林駅です。
もともと鉄道と直結できる工場立地なので、駅から徒歩0分にあるミュージアムです。

上野動物園 シャンシャンのにぎわい

8-1-1029

シャンシャンの公開が、抽選から整理券式に変わりました。
小さいうちに一度見ておきたいと思い、30年以上ぶり!に上野動物園へ。
平日ですが予想通り、門の前は大行列ができていました。
入園料を見ると小学生までは無料、中学生も都内在住・在学なら無料!
動物好きの子なら、毎日のように通っていることでしょう。
大人600円ですが、年間4回以上行くなら年間パスポートのほうがお得です。
近所に住んでいたら、間違いなく年間パスポートを買うと思います。


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隣では、工事現場の仮囲いにパンダの絵がずらーっと張られています。
長い行列に並ぶ人たちも、期待を膨らまされてどこか楽し気です。


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反対側には、パンダのポストがありました。
黒い耳まで、付いています。
このポストに投函すると、消印もパンダの絵になるそうです。


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どこを歩いていても、パンダ仕様を目にします。
カマボコにはパンダの絵が、奥はパンダの焼き印が入った豚まんののぼりです。


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手にした整理券の集合時間は、3時間後。
ちょうど園内を、一通り見て歩ける時間です。
目にする動物たちは様々ですが、どれも見飽きることがありません。
お馴染みのキリンも、「こんなに背が高かった?」とあらためて驚きました。


8-1-1034

不忍池を背に立つのは、史上最重量の鳥「エピオルニス」の像。
ほんの150年前まで、マダガスカル島に生息していたそうです。
これの前にツルを見ましたが、間近で見ると意外に足が太いんだなと感じていました。
しかしこちらは、400㎏を超える体重!
それを支える脚は、ツルとは比べものにならないウシのような太さです。
こんな貴重な鳥が絶滅…、という意味の大きさを感じさせる像です。


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園内では、多くの野鳥も目にします。
エサのおこぼれをもらえるので、暮らしやすいのでしょう。
これは、ジョウビタキの雌でしょうか?
お菓子の「ひよこ」のような姿が、まさに小鳥らしい可愛らしさです。


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小獣館の外壁一面には、モルタル(?)で密林や動物が描かれていました。
内部はとても暗く、ほのかな赤いライトで暗闇の中の動物たちを見ることができます。
夜のジャングルに入るような、どこか怖い雰囲気を感じる佇まいの建物です。


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集合時間となり、パンダ舎に向かいました。
お父さんのリーリーは、並ばずに見られます。
しかしいつ見ても、同じ場所でお尻を向けて寝たままでした。
見学前に注意説明があり、いよいよ20名程度ずつ順番に移動しながら見学です。
まず現れたのが、元気に食事中のお母さん・シンシンです。
自分だけの時間を、ゆったり過ごしているようでした。


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そしてついに!シャンシャンの前に!
遊び回っているかなと思いましたが…、木の上でお昼寝中でした。
幹に頭をのせた、可愛らしい寝姿です。
寝ぼけて落ちないか、ちょっと心配になります。


8-1-1038

久しぶりの動物園を満喫したあとは、上野公園を散策。
シャンシャンと同様、最近大河ドラマで人気の「西郷どん」像に立ち寄りました。
上野駅周辺は大きく様変わりしていますが、西郷さんは昔のままです。


8-1-1039

上野には広い公園と不忍池があり、動物園・美術館・博物館・大学などが集中しています。
一方で、寄席があったりアメ横のような賑やかさもたくさんある街です。
洗練されたカッコイイ街ではありませんが、見どころの数・奥深さは随一だと思います。
公園の隅で、謎めいた風貌の白髪男性が、革のカバンから人形を取り出しました。
彼のあやつる人形に、子供たちはすっかり引き付けられています。
街のあちこちに様々な文化がある、上野公園です。

南魚沼・塩沢宿 雁木の町並み「牧之通り」

8-1-1020

コシヒカリで有名な、新潟県南魚沼市。
国道17号から塩沢駅側に入ると、並行して通る三国街道があります。
この通りが数年前に、江戸時代の宿場町の街並みとして再現整備されました。


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豪雪でも往来に支障がないように設けられた、雁木(がんぎ)。
通り沿いに長く連なり、街並みに統一感を与えています。
柱には趣のある看板が付き、軒裏には民具などが吊るされています。


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通りに面するほとんどの建物が、昔の宿場を感じさせる佇まいです。
こちらは銀行ですが、両替商の看板に蔵の扉が設えてあります。
これだけ多くの建物を、ほぼ同時期に整備できたことが驚きです。


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各建物には、立派な「まちなみ景観協定の合格之証」が掛けられています。
町の景観整備が、とても上手にできていることを感じました。


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雁木を歩いていると次々に楽しい仕掛けが目に入り、飽きることがありません。
なぜかカマキリ?が紹介してくれているのは、過去の大雪の記録です。
たった1日で1.4mの降雪とは!…信じられません。


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格子窓には解説板が掛けられ、雪国ならではの様々な小話が筆文字で書かれています。
豪雪のこの地域では屋根の除雪は、雪下ろしではなく「雪掘り」というそうです。
他で見た解説板には、道路の雪を融かす消雪パイプのことが書かれていました。
昭和38年に長岡で初採用され、その後各地に普及したものだそうです。
最初は水だけで豪雪が消えるとは、誰も信じていなかったようです。


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豪雪地帯とはいえ、ここまで雪にこだわった町づくりには理由があります。
それは、この街出身の江戸時代の作家・鈴木牧之(ぼくし)。
雪国の生活を伝える書物「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」を、世に出した人物です。
40年かけてまとめ上げたこの本は、7冊・125話に55の挿絵を収録。
生々しい雪の恐ろしさなども、記されました。
雪のない地方の人にとっては、大変興味深いものだったのでしょう。
江戸時代の、ベストセラーになったそうです。
これは壁に架けられていた、挿絵の雪の結晶です。
この通りも、牧之通りと名付けられています。


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通りから少し奥まったところに、「お米の楽校」の看板を発見。
コシヒカリの本場ならではの、米の選別工程の展示がされていました。
隣接して食堂もあり、釜炊きしたごはんが食べられます。


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展示の中で最も驚いたのが、米俵5俵・300㎏を担ぐ女性の写真。
その前には、米俵1俵が置かれています。
1俵ぐらいなら…と思い手をかけましたが、簡単にはとても持ち上げられない重さです。
昔の日本人は、身も心も強かった!とつくづく思いました。

六日町・八海山スキー場 雪上の足跡

8-1-1016

八海山の山頂はずっと上ですが、スキー場のロープウェイはここが山頂駅となります。
ここまで上がると木々も雪化粧をして、見渡す限り真っ白です。
スキーヤーに混ざって外国からの観光客が、この銀世界を楽しんでいました。


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麓の集落を見下ろすと、まさに水墨画。
白い段々畑(田んぼ?)が、幾何学模様のように見えました。


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雪原では、様々な足あとを目にします。
これはたぶん、ウサギでしょう。
ゲレンデを横切って、かなり活動範囲が広そうです。


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下から1本の足跡が上がってきて、ふたつに分かれています。
上の雪原をぐるっと回って、同じ道に戻ってきたのか?
別のウサギが上からやってきて、踏み固められていた道をたどって下ったのか?
足跡から行動を想像していると、野生の動物たちが身近に感じられます。

金沢・にし茶屋街 真っ赤な壁のお座敷

8-1-1012

3つある茶屋街のひとつ、にし茶屋街。
100mほどの石畳の道の両側に、茶屋が並んでいます。
ひがし・主計町の茶屋街のような路地裏がないので、少し単調な印象です。


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街並みの中の一軒が、西茶屋資料館(無料)になっています。
建物は古いものではなく、茶屋の跡地に再現したものです。
1階は小説家・島田清次郎の資料館、2階に上がるとお座敷があります。


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地味な外観とは対比的に、お座敷の壁は真っ赤に塗られています。
明かりが赤く反射して、非日常の空気感が漂っていました。


8-1-1015

芸妓さんが使う三味線や太鼓が、置かれていました。
隣の建物が旧検番で、昔から稽古場として使われているそうです。
タイミングがよければ、稽古の音を耳にすることができるかもしれません。

竹富島-2 赤瓦の工事風景

8-1-1005

集落が途切れるあたりで、新築工事の現場を発見。
一度見たいと思っていた、赤瓦を葺く作業中です。
職人さんに声をかけ、近くでしばらく見学させてもらいました。


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平瓦と丸瓦を交互に重ね、台風で飛ばされないように漆喰で塗り固めています。
1種類のコテで、形を整えながら塗っていました。


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小屋組みまですべて見える、平家の大きなワンルームです。
屋根にも壁にも合板が見当たらず、無垢の木に囲まれた気持ちの良い工事現場でした。


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こちらは、近所で行われていた修繕工事。
琉球漆喰は生石灰とワラと水でできていて、ワラの色が出て少し黄色くなっています。
屋根の上のシーサーが、職人さんの隣で作業を見守っていました。


8-1-1009

小さな島ですが、いくつかの工事現場を見ることができました。
こちらは屋根も葺き終わり、完成間近です。
たくさん積まれた古い瓦は、隣に別棟で工事中の建物に利用されるようです。
1枚ずつ丁寧に漆喰をはがすのは大変そうですが、新品にない味わいがあります。
何世代にも渡って再利用できる瓦は、昔も今も優秀な建材です。

竹富島-1 自転車でめぐる島

8-1-997

石垣港から、高速フェリーで約10分。
竹富島は、サンゴ礁が隆起してできた島です。
ほぼ真っ平らなので、レンタサイクルで無理なく島一周を回ることができます。
集落の白砂の道に水牛車が歩き、とてもゆっくりとした時間が流れています。


8-1-998

集落は、「重要伝統的建造物群保存地区」に制定されています。
郵便局も石垣に囲まれた赤瓦の建物で、ポストも懐かしい円筒形でした。


8-1-999

島の最高地点は少し小高い場所につくられた「なごみの塔」で、標高24mとのことです。
老朽化のため現在は上がることはできませんが、丘の上から赤瓦の家並みが見渡せます。


8-1-1000

学校のそばで目にした、「中筋井戸(ナージカー)」。
よく知る井戸のイメージより、かなり大きなものです。
井戸を掘ると塩気が混ざるようで、飲料水として利用できるこの井戸はとても貴重なものです。
1976年に石垣島から海底送水が引かれるまでは、現役でした。
近くには木々に守られた水道記念碑が立ち、島人にとっての水の大切さが伝わってきます。


8-1-1001

井戸の近くには、給水塔と思われる大きなタンクがありました。
ガイドブックには出てきませんが…もしかしたらこちらが島の最高地点かもしれません。


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集落は島の中央に集まり、その外側にはほとんど車が走らない舗装された道路があります。
道路から少し脇道に入ると草木が生い茂り、驚くほどたくさんの蝶が舞っていました。


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ビーチのある場所では、外周道路から海側に抜けられます。
これはかつて利用されていた「西桟橋」で、夕日がきれいに見えるスポットです。
ビーチの手前で自転車を停めますが、荷物はカゴに置いたままにしないように!
よく目にするカラスが、人を恐れず鞄のチャックを器用に開けて中身を取り出します。


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ビーチでの昼食は、ターミナルで買ったカレー味のジューシー入りイカ墨かまぼこ団子。
おにぎり大もありますが、ちょっと小ぶりで白・黒3個ずつ入ったものにしました。
白いカマボコのほうは、普通のジューシーが入っています。
おかずとおにぎりを一緒に食べている様で、とてもおいしい昼ごはんになりました。

石垣島-海・川平湾 絵のような海の色

8-1-990

石垣島の代表的な風景…といえば思い浮かぶ「川平湾」。
期待していた通りの、絵にかいたような美しさです。
思わず飛び込みたくなりますが、潮の流れが速いため遊泳禁止になっています。


8-1-991

川平湾近くの公園茶屋で、八重山そばと焼きそばをいただきました。
そばの上のカマボコは、なんと石垣島の形をしています。
焼きそばも同じ麺で、もっちりと食べごたえがある美味しいメニューです。


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カンムリワシでしょうか?
そばを食べた食堂の壁に架けられていた写真と、同じようです。
お店の人が「おなかが白いのは子供」と言っていたので、まだ幼鳥かもしれません。


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さらにその先の木にも、一羽とまっていました。
こちらは茶色いおなかだったので、成鳥だと思います。
「カンムリワシに注意!」という道路標識をよく目にしますが、これまで見かけませんでした。
川平湾から御神崎の間でよく見かけたので、多く生息しているのかもしれません。
他にも道路を横切るシロハラクイナなど、鳥の姿に楽しませてもらえる島です。


8-1-994

川平湾から西にある、御神崎(おがんさき)灯台。
空に向かって突き出すように、海から62mの高さに灯火があります。
島の西端なので、夕日を眺める絶好の場所です。


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灯台の足もとに広がる、断崖絶壁に打ち寄せる荒々しい海。
崖上に立つ人がいましたが、見ているだけで足が震えてきます。


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この岬の南側は、サーフィンのポイントのようです。
気持ちよく波に乗る姿が、見えました。

石垣島-河口・吹通川 マングローブの群落

8-1-1011

野底岳を源流とし、東シナ海に流れ出る吹通川(ふきどうがわ)。
全長2.2㎞の短い川ですが、その河口には広大なマングローブ群落があります。
無料駐車場に車を停めて、河原に下りてみました。


8-1-985

マングローブとは、潮の影響がある場所に生きる植物の総称とのこと。
この場所で見られるのは、ヒルギという種類になります。
岸辺の岩肌にはソテツのような木も生え、まさに亜熱帯の風景です。


8-1-986

独特の形をした根が生い茂り、水面に広がる深い森をつくっています。
生き物たちには絶好のすみかのようで、小魚や鳥も多く見られました。


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電柱の上にとまる、イソヒヨドリ。
街中でよく見かけるヒヨドリとは違い、深い藍色におなかの赤茶色がきれいな鳥です。


8-1-988

吹通川から少し南の米原地区の山に自生する、ヤエヤマヤシの群落です。
自生しているのは石垣島と西表島だけで、国指定の天然記念物になっています。
高さは20mにもなりますが、ヤシの実はとっても小さく、1.3㎝しかないそうです。


8-1-989

海沿いの道では、他にも河口や湿地をよく目にします。
市街地に近い湿地「名蔵アンパル」で水鳥を見かけ、立ち寄りました。


8-1-988

まん丸の顔に細いくちばしがかわいい、セイタカシギです。
赤い足1本で、立っていました。


8-1-989

収穫されたサトウキビを積んで走る、ダンプカーをよく見かけます。
ここまで目一杯に積んでいるので…もちろん所々にこぼれ落ちています。
ドサッと落ちないのが逆に不思議ですが、後ろを走る時には要注意です。

石垣島-山・野底マーペー 絶景が待つ頂上

8-1-981

岩肌がむき出しになり、明らかに周囲の山とは違う頂上の野底岳。
この山にまつわる民話から、地元では「野底マーペー」と呼ばれています。


8-1-982

伊野田(東側)と野底(西側)を結ぶ道の途中に車を停め、登り始めます。
車でかなり上っているので、登山距離はさほど長くありません。
ただ草木の密度が高く、赤土がむき出しになっているので、足元は要注意です。


8-1-983

予想通り、大きな岩が重なる頂上からの眺めは360度の絶景!
端までは怖くてとても行けませんが…絶壁だと思います。


8-1-984

島の最もくびれた場所が、よく見えました。
左が東シナ海、右が太平洋になります。
台風の時には波がかかりそうに見えますが、学校や消防署、郵便局などがある集落です。


8-1-1010

島の中ではシーサーは、やはりものすごく身近な存在。
島の北端・平久保崎近くの小学校で、可愛らしい親子?を見つけました。
島内では、草に覆われた美しい校庭をよく見かけます。
広い草原なので、鳥たちにとってもよい遊び場のようです。

石垣島-市街地・石垣港離島ターミナル周辺 島を感じるあれこれ

8-1-977

石垣島は、周辺離島へのフェリー交通の拠点。
売店に沖縄らしい弁当が並び、のどかな空気が漂うフェリーターミナルがあります。
桟橋では、島のヒーロー・具志堅用高さん像と記念撮影ができます。


8-1-978

フェリーターミナルそばの交差点にある、「730記念碑」。
730とは、沖縄が本土に復帰した6年後の1978年7月30日のこと。
その日の午前6時、一斉に車が左側通行に変わった日です。
前夜22時から県内を交通規制し、わずか8時間で全標識の切替えをしたそうです。


8-1-979

公園に立っていた、石垣島の位置を示す標識です。
フィリピンまで1220㎞、台湾までなら270㎞!。
日本と東南アジアは、隣り合っていることをあらためて感じました。


8-1-980

北に車を少し走らせると、ひと山全体に広がるバンナ公園があります。
「エメラルドの海を見る展望台」に上がると、港周辺が一望できます。
真っ平らに見えるのが竹富島で、自転車めぐりにぴったりの平坦さです。

石垣島-集落・白保 日曜市のにぎわい

8-1-973

「南ぬ島石垣空港」から程近く、沖縄らしい集落の風景が見られる白保。
日曜市が開かれている、「しらほサンゴ村」を訪れました。
強い日差しの下では、冬にもかかわらずTシャツ1枚で汗ばむ気候です。


8-1-974

環境保護団体が運営している、「しらほサンゴ村」。
中庭に面した回廊で、地元ならではの品々が売られています。
ちょうど、女子学生達による三線の演奏が行われていました。
最後の曲では、お店そっちのけでみんなで踊りが繰り広げられます。


8-1-975

建物内には漁の方法などが紹介され、実際に使われていた木造船も置かれています。
この船を作れる人が各地に普通にいた時代は、現代より優れているように思えました。


8-1-976

島のいたるところで目にする、神聖な場所・御嶽(うたき)。
石垣に囲まれていたり巨木があったり、そこだけ空気が違うようです。

市川・菅野 住宅街の黒松通り

8-1-971

菅野駅を降りると駅前の賑わいはなく、いきなり細い路地に面したよくある住宅街。
しかしその風景が、とても独特でした。
風景をつくっているのは、途切れることなく目に入る立派な黒松です。
それもかなり道路にはみ出ていたり、逆に民家に入っていたり…。
幹も様々な方向に曲がって伸びていて、江戸時代の街道を思わせる趣があります。


8-1-972

昔はこのあたりまで入り江があったそうで、これらは防風林の名残りです。
この周辺には、幹回り60㎝を超える黒松が約4000本もあるようです。
後から道ができたのだから、道路の真ん中に黒松が生えていても不思議ではありません。
細い路地では車が通れるように、根元が少しだけ切り欠かれていました。

国立新美術館・安藤忠雄展 記憶に刻まれる展覧会

8-1-968

国立新美術館が、開館10周年を迎えました。
現在、建築家・安藤忠雄展「挑戦」が開かれています。
計画が発表されてから、ずっと楽しみにしていた展覧会です。
先日、ついに足を運ぶことができました。
直結する乃木坂駅周辺は、防衛省も移転し以前とは大きく様変わりしていました。


8-1-969

大きな美術館で、広い展示室が7ブロック、他に講堂やライブラリーなどが入ります。
エントランスは、曲面ガラス壁に囲まれた3階分の大きな吹抜けです。
巨大な逆さ円錐形の上にレストラン、足元にはカフェやショップが並びます。
安藤忠雄展は、1階の企画展示室と野外展示場で行われていました。


8-1-970

野外展示場には、「光の教会」を実物大で再現した空間がつくられています。
ここは撮影OKなので、多くの人がその姿を記録していました。
ちょうど安藤さんのギャラリートークがある日で、平日にも関わらずすごい賑わいです。
たっぷり時間をとって訪れましたが、残念ながらゆっくり見られる余裕はありません。
それでも十分、すべての展示からパワーが伝わってくる展覧会です。

私が初めて安藤さんの建築を目にしたのは、京都で過ごした大学時代。
三条通りから階段を下り、高瀬川の水面に触れるようにつくられた「TIME'S」です。
小ぶりな商業ビルですが、コンクリート・鉄・ガラス・石でつくられた、迷路のような空間。
建築を学び始めたばかりで、その美しさや緻密さを実体験したことは衝撃的でした。
それ以来ずっと大きな影響を受けてきたことを、この展覧会であらためて感じることができました。

浦和・長久山円蔵寺 身近に見る紅葉

8-1-966

仕事場への道沿いに建つ、長久山円蔵寺。
今から555年前に開かれ、明治19年に千葉・勝浦から浦和に引っ越してきたそうです。
いつも目にしている大きなイチョウの木が、黄色い葉をたくさん落とし始めました。


8-1-967

青空を背景にした赤・黄・緑の葉に、白い塀・黒い瓦・緑青の屋根。
様々な色が調和する、とてもカラフルな季節になりました。
通りがかる度に、お経を読む声や木魚の音をよく耳にするお寺です。
門前には、ヨガ・写経・コンサート・落語・カフェ・精進料理など多くの案内が置かれています。
普段は縁遠いですが、こういう機会があると一度足を運んでみたくなる場所だと思いました。

埼玉の山歩き・武蔵横手駅~高麗駅 川に触れ巾着田を見渡す

8-1-956

西武池袋線の飯能駅から3駅ですが、間近に山がせまる武蔵横手駅。
駅前にあるのが「やぎの家」という、のどかな雰囲気の場所がスタート地点です。


8-1-957

線路沿いの国道299号を渡り、右手に50mほど行くと、登山道の小さな標識が立っています。
小道に入ると車の音が聞こえなくなり、かわりにきれいな沢の音が響く林道となります。


8-1-958

沢沿いを歩き、最初に現れるのが「五常の滝」。
手前には真新しい小さな祠が、たくさんつくられていました。
案内板も英語・韓国語・中国語で書かれ、観光スポットとして整備中のようです。
大きな滝ではありませんが、間近に近づけるマイナスイオンがたっぷりの場所です。


8-1-960

五常の滝を過ぎると、少しずつ上りになってきます。
日高市から毛呂山町に入りしばらく行くと現れるのが、北向地蔵。
名前の通り、太陽を背に北向きに立っています。
木魚が置かれているので、時折ポクポク…と叩く音が山に響いていました。


8-1-959

途中の物見山の頂上でお昼ご飯を食べ、ゴール地点目前の日和田山へ。
日和田山の頂上からは、遠くスカイツリーまで見渡せます。
ちょうど入間基地で航空祭があり、空に描かれる星形の飛行機雲が見えました。


8-1-961

山頂から少し下ると、金刀比羅神社の裏側に出ます。
天気の良い休日で、たくさんの人が休んでいました。
今回のコースとは逆に、高麗駅側から上ってきている人のほうが断然多いようです。


8-1-962

岩がむき出しになり開けていて、高麗の里が一望できます。
丸太を使った素朴な素木(しらき)鳥居が、この場所にぴったり合っていました。


8-1-963

500万本の曼珠沙華の群生で有名な「巾着田」も、箱庭のように広がります。
高麗川が蛇行してちょうど巾着の形に似ているので、この名がついたそうです。


8-1-964

曼珠沙華の時期は終わっていますが、下山後は巾着田に寄り道。
高麗川の河原には、たくさんのテントが張られ賑わっていました。
巾着田の入口に堰があり、鏡のような水面に秋の景色が映り込みきれいでした。


8-1-965

ゴールは、スタートした武蔵横手駅の隣の高麗駅です。
かなり昔に高句麗と関係が深かった地域で、それが由来の高麗神社などがあります。
駅前には、朝鮮半島に古くから伝わる村の魔除け「将軍標(チャンスン)」が立ちます。
1駅分の山を気楽に歩くことができる、とても身近なハイキングコースでした。

金沢-7・山錦楼 木造4階建ての迫力

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犀川大橋を渡るたびに、眺めてしまう木造4階建て。
保存建築物に指定されている、「山錦楼」という料亭の建物です。
大正11年に建ち、増改築がされてきました。
内部はまだ見たことがありませんが、外観に劣らず凝っているようです。


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川側は4階建てですが、敷地に段差があり裏側は3階建てになります。
近くには忍者寺の愛称で呼ばれる妙立寺があり、こちらも4階建て(7層)です。
それを考えるとこの大きさにさほど違和感はなかったのかも…と想像してしまいます。


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犀川では、水鳥をよく見かけます。
この時も、2種類のサギがいました。


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野町で以前見かけた、曳家修理中だった石置き屋根の民家の修繕が終わっていました。
側面には板が張られ、所々に梁のホゾらしきものが突き出ています。


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その上には小さな雨除けが、取り付けられています。
ほんのちょっとのことですが、この配慮で傷み方がかなり違うはずです。
金沢は、歩いているだけで色々気付かされる、面白い街です。

金沢-6・町家情報館 蔀戸の開閉を体験

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竪町の裏を歩いていると、通りに開かれた民家が目に入りました。
入口には、金沢町家情報館の看板が掛けられています。
中も無料で見学できるということで、立ち寄ることに。
町家の保全活用の拠点として、お米屋さんだった建物を整備したものだそうです。


8-1-947

特に興味を引かれたのが、柱間に入った横長の板戸。
蔀戸(しとみど)と呼ばれ、シャッターのように上げて格納します。


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近付いて内側から見ると、その仕組みがよくわかります。
柱に掘られた溝の間を板戸が上下に動き、角材の上が1本目を載せる戸袋です。
溝は下の方で深くなっているので、板戸を左右にずらせば取り外すこともできます。
角材の上は1本が載る寸法しかないので、2本目はどうするのかと思っていると…


8-1-949

案内の方が、角材の途中にある小さな木片をつまみ出しました。
この上に2本目を載せるそうで、抜け落ちないように上から栓をしているようです。
とても単純だけど、使いやすい仕組みです。
実際に上げ下げを体験させてもらうと、非常に軽くスムーズな開閉で驚きました。
2本とも上げてしまうと、外とひとつながりのオープンな場所になります。
下だけ閉めておくと足元に冷気が入らず、寒い季節には助かるそうです。


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2階に上がると、壁の下半分が戸袋で出っ張っているのがわかりました。
その上の窓は外から見ると格子ですが、内側は障子だけで仕切られています。
ガラス戸や雨戸はなく、台風の時は吹き込むのではないかと心配になりますが…。
すぐ上に屋根が深くかぶっているので、大丈夫なのかもしれません。
古いものを残しながら耐震補強され、台所や風呂は新しく使いやすく更新されています。
実体験できる、まさに再生活用のお手本でした。

金沢-5・金沢21世紀美術館 かわいい機織り機

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訪れるたびに新しいことに出会える、金沢21世紀美術館。
デンマークのテキスタイルデザイナーによる、織物のワークショップが行われていました。
工芸という価値観を、体を動かして直感的に体験する試みのようでした。


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目を引かれたのは、赤色の小さなかわいい機織り機。
足も使う木製の大きな道具というイメージしかなかったので、机の上に乗る姿が新鮮です。
以前から、機織り機の仕組みはどうなっているのだろう?と思っていました。
これならシンプルでわかりそうだと、じっくり見ましたが…やはり理解できません。


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何回見てもまた足を運びたくなる常設展示のプールは、相変わらずの大人気。
以前に増して一段と来場者が多くなり、とてもにぎやかな美術館です。

金沢-4・神明宮 あぶりもちと大ケヤキ

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犀川大橋のすぐそばに建つ、神明宮。
境内を大きなケヤキの枝が、覆っています。
屋台が出て賑やかだったので、立ち寄ってみました。


8-1-941

この日は、300年以上続く厄除けの「あぶりもち神事」が行われていました。
お供えの餅を串に刺し、家のお守りにしたり、あぶって食べて厄除けをするそうです。
巫女さんと焼き鳥屋のような店先が、ミスマッチで微笑ましい風景です。


8-1-942

大ケヤキは樹齢1000年を超え、市指定保存樹・第1号とのこと。
存在感抜群で、高さ33m・幹回り7.8m・枝幅25mもあります。
ここで幼少期の室生犀星が遊んだそうですが、太すぎて木登りはちょっと難しそうです。

金沢-3・大相撲金沢場所 地方巡業の魅力

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大相撲といえば本場所の真剣な戦いを思い浮かべますが、初めて地方巡業に行ってみました。
のぼりが立ち太鼓が打ち鳴らされ、時間前から会場周辺は大賑わいです。


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市内の体育館に、土俵がつくられました。
朝8時から午後3時ごろまで、取り組みだけでなく次々に催しが行われます。
地元力士が出ると大いに盛り上がり、地方巡業ならではの暖かさを感じます。


8-1-939

4横綱がそろい、稀勢の里による綱締め実演が行われました。
この他にも、禁じ手を面白く紹介する「初切」や力士独特の唄「相撲甚句」、
「櫓太鼓打ち分け」「髪結い実演」「子供の稽古」など、休む間なく楽しめます。


8-1-939

力士たちと間近に触れ合えるのも、巡業ならではの魅力です。
会場裏の通路では大勢の観客に囲まれ、握手やサインに応えてくれます。
白鵬関の後ろが地元の期待力士・炎鵬で、応援の声がたくさんかかっていました。
終了後は何台ものバスに分乗して、次の町に向かって旅立ちました。
たった1日だけだからこそ、町の熱気がぐーんと高まる地方巡業です。

金沢-2・尾張町 古い写真と見比べる

8-1-932

武蔵ヶ辻から浅野川大橋に向かう途中に、尾張町があります。
通り沿いの塗料屋さんのショーウィンドウで、一枚の古い写真を見かけました。
写真に映る人々を見ると、かなり昔のようです。
今の姿と見比べたくなり、道路の反対側に渡りました。


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多少変わったところがあるものの、ほぼそのままの形です。
あとから調べると天保13年創業の「森忠商店」で、これは大正末期の建物ということでした。
歴史を刻んだ建物からは、建物の傷み方・直し方など、教わることが実に多くあります。


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通りから少し入ったところにある、泉鏡花記念館の門です。
小さな門なので、瓦・板金・大工・左官の仕事を間近にじっくり見ることができました。
ちょっとしたことにも、専門の職人技が生かされていることを考えると、興味が惹かれます。


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蔵の窓もあらためてじっくり見ると、面白いものです。
防火のため何段かに重なっているのでしょう、扉の合わせ目は中心から大きくずれています。
ひげのような形をした閂がありますが、開ける時はハシゴが必要です。
中からカギをかけたほうが良さそうですが、何か意味があるのかもしれません。


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蔵の床下換気口は、石で作られていました。
指かけ用の穴があいた石板を、スライドして開け閉めします。
小さいながらもゴロゴロゴロと動く感じが、昔話に出てくる「石の扉」のようで印象的でした。

金沢-1・主計町 ふたつの坂

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浅野川沿いの町並みが美しい主計町ですが、裏通りにはそれに劣らない魅力があります。
細い路地と坂が、絵のような世界をつくり出しています。
軒先が重なりそうな路地に続く、ゆるやかにカーブする坂。
「あかり坂」の石碑を見つけ、こんなに暗いのに?と不思議に思いました。
解説を読むと、明かりを灯すような作品の泉鏡花を偲んで名付けた(五木寛之)とあります。
振り返ると、坂の先には明るい世界が広がっています。
本当は、こんな風景が由来なのでは…と思えてきました。


8-1-930

あかり坂の隣には、少し路地からずれて回り込むような「暗がり坂」があります。
路地幅も広く、さほど暗く感じないので、名前を交換したほうが似合いそうです。
階段の上には神社、その境内には大きなケヤキがありました。
以前は、もっと鬱蒼とした場所だったのかもしれません。


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立体的な構成が美しく、少し苔がむして風情のある階段です。
ただ上り下りするだけのものではなく、この町並みにしっくりと馴染んだ風景になっていました。

目白通り-2・富士見坂と千登世橋 脇道の風景

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目白通りと不忍通りの分岐点から脇道を南に入ると、目の前に急坂が現れます。
この付近は並行して神田川が流れているため、南側に極端に下がる地形です。
右が富士見坂、左が日無坂で、分かれ目の三角地には風情のある民家がありました。
道路わきには、しっかり手すりが付けられています。
正面に見えるのは、新宿の超高層ビル街です。


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横を見ると、バイクの絵に「乗ったままの通行禁止」の文字。
この坂を下るにはかなり勇気が必要そうですが、かつてそんな人がいたのでしょうか?
郵便屋さんも手前の路地に車を停めて、走って配達していました。


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明治通りと交差する東側には千登世小橋がかかり、下を都電が走ります。
街の喧騒の中で、ここだけ少しのどかな空気を醸し出していました。
ちょと立ち止まり、行きかう都電をのんびり眺めていたい気分になります。


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千登世橋の上を走るのが目白通り、下をくぐるのが明治通りです。
南に下る土地の形状をうまく利用して、自然に立体交差しています。
昭和7年につくられ、土木史的にも評価が高い橋のようです。


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この時期、路上でよく見かけるのが銀杏。
東京都の木がイチョウなので、千登勢橋の近くにもたくさん落ちていました。
誤って踏みつぶさないように、においがしたら要注意です。

目白通り-1・東京カテドラル関口教会 緑の道に銀の屋根

8-1-919

通り沿いに学校や公園が多く、街路樹が茂る緑豊かな目白通り。
その合間に、まっすぐ天に伸びる鐘塔が見えます。
見る場所によって大きく印象が変わる、美しい形です。


8-1-920

丹下健三さんが設計し1964年に完成した、聖マリア大聖堂です。
HPシェルという大きな曲面が立上り、上部には十文字の形に天窓がとられています。
聖堂内に入ると、コンクリート壁の頭上に大きな光の十字架が現れます。
聖堂内は、撮影禁止でした。


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良く晴れた日で、銀色の屋根がキラキラと輝いていました。
近付くほどライン形のステンレス材が強調され、ねじれ曲がる面が強く感じられます。
凸凹型で葺かれた凸側の部材は、「一本もの」のようで継ぎ目が見当たりません!
メタリックな背景とは対比的に、フワフワのススキ?の穂が風に揺れていました。


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高さ61.68mある鐘塔の足もとでは、小さな子供達がかけっこの練習をしていました。
この地を離れ大人になってこの建物を思い出した時、どんな記憶で残っているのか?
ちょっと、聞いてみたい気がします。


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大聖堂の向かいに、緑に覆われた大きな岩がありました。
街の中なのに珍しいなぁと思いながら近づき、解説を読んでびっくり!
これは、フランスにある巡礼地「ルルドの洞窟」をそっくりに真似て作られたものとのこと。
それもなんと…明治44年に!
目を凝らしてよく見ても、自然の岩山にしか見えません。
どうしても信じられず、不謹慎ですが横から拝見させていただき、ようやく納得できました。
106年前につくられた洞窟と、53年前につくられた大聖堂。
しっかりと人の手がかけられたものは、時代が変わっても不変の価値が感じられました。

大月・松姫神社 巨木の御神体

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2014年に松姫トンネルが完成し、奥多摩~小菅村~大月のルートが整備されました。
大月側のトンネル入口の少し手前で、変わった建造物を発見。
赤い鉄骨櫓の上に4本の柱が立ち上がり、木造の屋根が載っています。


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足もとには鳥居があり、松姫神社の額がかけられています。
屋根で覆われた巨木が、御神体のようです。
山の中ですが、おそらく昔からよく利用された道だと思います。
この大木が目の前に現れたら、昔の人達も皆足を止めたことでしょう。
隣には、温泉旅館がありました。


8-1-918

屋根は、かなり高くまで持ち上げられています。
柱は補強されているようですが、台風がきたら…ちょっと心配になりました。

富士河口湖・毛無山 2つの湖を見下ろす山

8-1-910

河口湖西端の長浜地区の集落を抜けるルートで、登山開始。
この付近では、茅葺屋根を切り上げて開口部を設けた民家を多く見ることができます。
兜(かぶと)造りと呼ばれ、養蚕で利用する屋根裏に採光と通風をとるための形です。
貴重な民家ですが、やはり維持が難しいのでしょう。
茅葺きの屋根は鉄板で覆われ、建物もあちこちに老朽化が見られます。


8-1-911

ひたすら森の中を上り、頂上付近でやっと眺望が開けました。
目の前に富士山がそびえるはずですが…雲に覆われ全貌を見せてくれません。
その代わり、下に見下ろす湖がきらめいていました。
こちらはクニマスで有名な西湖です。
水が澄んでいるのが、遠くからでも感じられます。
西湖周辺には、兜造りの民家等を集めて再建し活用している施設があるそうです。


8-1-912

こちらは奥河口湖で、左奥にさらに大きく広がっています。
中央遠方には、山中湖が小さく見えていました。
毛無山頂上よりも、少し下のほうが湖はよく見えます。


8-1-913

帰りは、西湖に抜ける文化洞トンネル入口に出るルートで下山。
そこから少し下った所にある足和田地区公民館が、登山者用の駐車場になっています。
公民館のそばには、平成26年に作り直された真新しい鳥居の貴船神社があります。


8-1-914

本殿を覆い、拝殿の役目をもつ建物で、案内板では「雨屋」と表現されていました。
平成25年に改修されたばかりで新しい印象ですが、彫物などは古い部材が使われています。


8-1-915

河口湖北側の大石公園にある自然生活館では、お土産などが売られています。
背後にうっすらと、富士山が姿をあらわしました。

大月・猿橋 3本の橋を見比べる

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中央高速の渋滞情報で、よく呼ばれる「猿橋バス停」。
その近くには、その名の通り「猿橋」という名の橋があります。
30.9mの長さを、橋脚を立てずに木で架け渡した珍しいつくりです。
残念ながら現在の橋は、昭和59年の改修で鉄骨造に変えられています。


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切り立った峡谷の水面までは30.9mもあり、そもそも脚を立てることは難しそうです。
すぐ上流には、簡単に下りられる広い河原があります。
そこのほうが容易に橋を架けられるのに? と思いましたが…
あえて増水しても影響がない峡谷を選んで、橋脚が不要な方法にして架けているようです。
なるほど、自然に逆らわない知恵です。


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橋脚がない代わりに、見事な技術が発揮されています。
両岸から桁を4層片持ちで伸ばし、その上に橋桁が掛けられた構造です。
端部は岩盤に穴をあけて差し込んでいるそうですが、木々に覆われてよく見えません。
こういうものを見ると、工事の手順を知りたくなります。
どの部材にも雨除けの小屋根が載り、それが美しいデザインになっていました。
現在も鉄骨造には見えませんが、次の架け替えでは是非木造に戻してほしいと思います。


8-1-909

すぐ隣の新猿橋(鉄骨造)から見ると、3本の橋が並んで見えます。
手前が、木の猿橋。
次がコンクリートの水路橋で、近くの発電所から来る水を流しているようです。
そして一段高い所を通る奥の赤い橋が、国道20号の鉄橋。
違う材料・構造の3つの橋を見比べて楽しめる、絶好の鑑賞ポイントです。

金沢・主計町 浅野川を眺めていただく朝ごはん

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金沢に残る古い街並みといえば、3つの茶屋街。
「ひがし」と「にし」、そしてこの「主計町(かずえまち)」です。
街を流れる浅野川沿いに、建ち並んでいます。
夏の終わりの朝、桜並木が気持ち良い木陰をつくっていました。


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浅野川大橋から続く街並みが途切れた場所に、「中の橋」がかかります。
本体はコンクリートのようですが、木の欄干が美しい橋です。
街中には浅野川と犀川が流れ、多くの橋が金沢らしい風景をつくり出しています。


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中の橋の近くに建つ「貴船」というお店で、朝ごはんをいただきました。
ベンガラ色の格子に白い暖簾がかかり、石畳には打ち水がされています。
入る前から、とても清々しい気分になります。


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浅野川の流れを見下ろせる特等席の、二階のお座敷でいただきました。
味や盛り付けの美しさはもちろんですが、ボリュームも言うことなしの素敵な朝ごはんです。
予約を取るのが難しいのも、うなづけます。
充実した朝ごはんのおかげで、その日は一日豊かな気持ちで過ごすことができました。


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主計町をはなれ近江町市場に行くと、あちこちに台に置かれた大きな氷柱が…。
白山の伏流水でつくられ、夏の時期だけ出されるようです。
残暑の厳しい日でしたが、透明な固まりを見ているだけで涼しい気分になります。

東伊豆・稲取ふれあいの森 東伊豆を一望する風車の丘

8-1-893

夏休みで賑わう海岸線から離れ、少し山を上った所にある「稲取ふれあいの森」。
山の中に、一周5kmのクロスカントリーコースがあります。
ゆったりした幅で芝生も張られ、変化に富んでいるのでウォーキングでも楽しめます。
道の先に見えるのは、海に向けて建てられた展望台です。


8-1-894

屋根のかかる日影のベンチもあり、散歩する人達の休憩所になっていました。
斜面に突き出た展望台で、標高239mの標識が据え付けられています。


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目の前に広がるのは、ミニチュアのような稲取の町です。
伊豆半島の東海岸を、北から南まで一望できる場所です。


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道端に立つ、ステンレス製のポールに気づきました。
よく見ると、記念撮影用のカメラ台です。
絶景が多いこの丘では、他にも数か所でカメラ台を見かけました。


8-1-897

斜面を生かした、長ーいすべり台です。
楽しそうですが、上って戻ることを考えると…なかなか滑る気になれません。


8-1-898

丘の頂上には展望塔があるらしく、登ってみることにしました。
コースをはずれ、雑草の生い茂る道でヘビに驚かされながら、何とか到着したものの、
ハシゴまでついた展望塔ですが、残念ながら木々が茂って何も見えませんでした。


8-1-899

ふれあいの森からさらに急な坂道を車で上がると、3基の風車が並ぶ高原があります。
東伊豆町が平成15年から風力発電で利用しているもので、高さは約60m。
下に停まる車と比べるとその大きさがわかりますが、これでもまだ小さい方だそうです。
近くの道端には、落雷で壊れた20mを超える大きな羽が横たわっていました。
エコな発電ですが、維持管理は難しそうです。
夏休みの期間は、説明付きの見学会が開かれています。


8-1-900

風車が建つほどなので、風を生かした遊びにはもってこいの場所のようです。
ラジコンの大きなグライダーを、紙飛行機のようにすっと飛び立たせていました。
戻る時はどうするのだろう?と気になり、尋ねてみると
草むらをクッションにして、ふわりと着陸させるそうです。
右に見えるポールは…ここにもありました! カメラ台です。

南池袋公園 青空の下の卓球台

8-1-889

ビル街に囲まれた南池袋公園が、きれいに生まれ変わりました。
長い羊羹のような形のベンチがたくさんあり、街中のオアシスになっています。
時計塔には、池袋のマスコットのフクロウがいました。


8-1-890

この暑さに芝生もバテてしまうのでしょうか、養生のため広場の一部は立ち入り禁止。
毎週月曜日の8~10時には、芝生のメンテナンスがあるようです。
きれいな芝生広場は、見ているだけでも気持ちが休まります。


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虫や鳥も、この都会のオアシスに集まるのでしょう。
ここで見られる生き物が、プレートをめくると回答がわかるクイズ形式で紹介されています。
これは、ナミアゲハ蝶でした。


8-1-891

屋外ですが、2台の卓球台が置かれていました。
ひょうたん型に広いので、普通の四角い台より楽しいゲームができそうです。
ちなみにラッケトとピンポン玉は、各自持参です。

青梅・釜の淵公園 大切に残された民家

8-1-886

都心からでも、さほど遠くない青梅。
北側の山に沿って、鉄道とレトロな街並みの街道が東西を貫いています。
街道から南に大きく下ると、そこには緑豊かな多摩川の風景。
この付近には、川が岩盤にぶつかって大きく流れを変える箇所がたくさんあります。
昔は水量が多かったため、そういう場所には深い淵ができました。
「釜の淵」もそのうちの1つで、ここから「ひ」の字の形に蛇行しています。
淵の対岸は河原が広く、水遊びを楽しむ人で賑わっていました。
蛇行した川に囲まれた半島のような場所が、釜の淵公園として整備されています。


8-1-887

公園内に建つ重要文化財の旧宮崎家住宅は、山奥からこの場所に移築したものです。
今から200年ぐらい前の建物で、ごく平均的な一般農家ということに驚かされました。
その土地にある材料だけで、長く住むためにしっかり手間をかけたことが伝わってきます。
現代の住宅は、性能的には素晴らしく発達していますが、
この家と比べると、とても貧相なものに見えてしまうというのが正直な感想です。


8-1-888

見学は無料で、係の方が丁寧に説明をしてくれます。
しかし残念ながら、閉館時間の間際でゆっくりすることができませんでした。
次に来るときは、当時の暮らしを思い浮かべながらじっくり見たいと思います。
終のすみかづくりを通して

Author:サトウマサシ

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