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下田 イソヒヨドリとイソスジエビ

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目の前の石垣に、鮮やかな色の鳥が舞い降りました。
青い頭と赤茶色の腹のコントラストが美しい、イソヒヨドリです。
沖縄の海岸沿いで、電柱のてっぺんにとまる姿を見たことがあります。
しかし今回は目の前で、逃げる様子もありません。
くちばしにくわえた虫を盗られまいと、威嚇しているのでしょうか?
実は…、いるはずがないであろう埼玉の賑やかな駅前で、一度見たことがあります。
自分でも信じられないのですが…、独特の色なので間違いないと思います。
電車にでも乗って、やってきたのでしょうか?


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こちらはイソスジエビで、おなかにたくさんの卵を抱えていました。
隣は、キタマクラの子供です。
磯の小さな潮だまりですが、生き物の多種多様さには驚かされます。
観察を楽しんだ後は、もちろん海に戻します。


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黒船祭に合わせて星条旗が飾られていましたが、どこか違和感があります。
これは下田開港後の初代総領事ハリスが、1857年江戸へ出向くにあたり作った旗とのこと。
実物はニューヨーク市立大にあり、その複製です。
紅白の縞13本は、アメリカ独立当時の州の数を表すそうです。
星の数は州が加わるごとに増え、この当時は31個だったようです。
現在の50個よりかなり少なく、きれいに並べるのは難しい数でした。

下田・黒船祭 掃海艦「ひらど」に乗る

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ペリー提督率いる黒船来航により、最初の開港地となった下田。
海沿いの国道135号線から、下田湾に停泊する大きな船が目に留まりました。
訪れたのが「黒船祭」の期間で、海上自衛隊の船が一般公開されています。


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「ひらど」という名の掃海艦で、機雷等の危険物を排除するための艦艇です。
内部も見学できるということで、早速乗船してみました。


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船内には普段目にすることのないものが、たくさん置かれています。
若い隊員の方々が、丁寧に説明してくれました。


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船を操縦する艦橋にまで、入ることができました。
デジタル機器ばかりでなく、アナログ的な装備も所々で目にします。
万が一機械が壊れた時には、やはり人の経験が必要ということでしょうか。


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綺麗に磨かれたラッパや手旗は、すぐ目に入る場所に置かれています。


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隣には海上保安庁の船が、停泊していました。


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海面上の機雷を射撃する、20㎜機関砲です。
説明書きによると、発射速度は600±50発/分とあります。
超高速ですが、レーザーと赤外線カメラで精密に照準が合わせられるそうです。


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厳しい環境に耐えるパーツは、どれも形に意味があり面白いものです。
機能を極めると、デザイン的にも魅力のあるものになります。


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隣には自衛隊のジープやバイクが置かれ、装甲車は乗車体験ができました。
パンクしても復活できる装備まであるそうですが、エアコンはないそうです。
真夏の車内は、相当過酷な環境になりそうです。


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祭りの期間は、街のあちこちで様々なイベントが行われます。
港のすぐ隣に建つ道の駅では、子供太鼓の演奏が響いていました。


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太鼓の演奏が終わるころ、屈強そうな人たちが集まり始めました。
続いて行われたのは綱引き大会で、地元の方々も参加しています。
その中注目されたのは、「ひらど」の乗組員とアメリカ海軍チームの対抗戦。
まわりを囲む観客たちも、盛り上がります。

奥多摩・小河内ダム 国内最大の水道用ダム

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青梅の街を抜けると、次第に山道となる青梅街道。
多摩川上流に向かい、大麦代トンネルの手前で左に曲がると小河内ダムに出ます。
東京の水がめとして昭和13年に着工、戦争で5年間中断し昭和32年に完成しました。
広い駐車場があり、見学できるようになっています。
ダムの説明書きに囲まれてあるのは、「人間日時計」。
その日のライン上に立ち、影ができたところが現在時刻…とはいうものの、
かなり痩せた人でも、正確に測るのはちょっと難しそうです。


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水面を見下ろすと、魚影が見えました。
岸付近には、小さな魚がたくさん泳いでいます。


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まず目に入るのは、貯水量が多くなった時の放流に使う「余水吐」。
訪れた時は水が少なく、底が見えていました。


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ダム上は幅12.6m長さ353mの道になっていて、歩くことができます。
奥多摩湖の貯水量は、東京ドーム150杯分。
満水の時は、この手すり外のダム底まで深さ142.5m!
深い取水口からは冷たい水が放流され、下流の生き物には厳しい環境です。
そこで平成4年に、温かい表層の水を流せるようにしました。
左奥に見える桟橋状のヘリポートの下にある、第2取水口が利用されています。


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湖の裏は巨大なコンクリートの壁で、見下ろすと恐怖を感じる高さです。
堤頂には2つの塔があり、ひとつはエレベーター塔ですが一般は入れません。
奥に見えるのが自由に入れる展望塔で、ダムの解説が展示されています。


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湖畔には、水を考える施設「奥多摩 水と緑のふれあい館」があります。
町の94%が森林という奥多摩のコーナーでは、ここに生える木が展示されていました。
20種類近くの原木と製材に触れて、肌触りや重さを体感することができます。


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昔から林業が盛んで、かつて製材に使われていたノコギリが並んでいました。
様々な大きさや形もさることながら、初めて見る刃の形に興味がひかれます。
木の種類や作業に合わせて、それぞれ工夫されているはずです。
実際に使っていた人へのインタビューがあれば、かなり貴重な資料になるでしょう。

塩山・鶏冠山 巣箱とヒガラ

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奥多摩から塩山に抜ける途中の、柳沢峠。
そこを出発点にして、これまでにもいくつかの山を歩きました。
今回は鶏冠山を目指し、朝8時ごろ峠に到着。
広い駐車場ですが、すでに満車で道路脇にもたくさんの車が停まっています。
賑やかな山歩きになるぞと思い出発すると、人々は反対側の登山道へ。
見ると、ほとんどの人が望遠鏡やカメラを手にしています。
どうやら探鳥会のイベントが、あったようです。
結局鶏冠山への登山道に入ったのは、自分達だけでした。
なだらかに続く山道なので、余裕を持って鳥や植物を見ることができます。
道沿いには、いたるところに巣箱が掛けられていました。


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その巣箱を利用しているのが、ヒガラです。
帰りたいのか?守りたいのか?巣箱の近くから離れません。
おかげで、ゆっくりと観察することができました。


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木々の間から、遠くに富士山が眺められます。
登り始めの予想に反し、途中出会った人は作業中の林業の方だけ。
頂上近くに展望ポイントがあり、そこで初めて犬連れの女性一人と会いました。
たしかにここまでは危険な所もなく、犬連れでも大丈夫そうです。


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しかし頂上直前からは、急に険しい道となります。
注意書きもあるので、倒木をくぐり慎重に進みました。


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山の側面を、巻くようにして登ります。
左側は急傾斜に落ちているので、根に足を取られぬよう木の間を抜けます。


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しかし険しい道は、長くは続きません。
その先には、岩の上に小さな社がある頂上が現れました。
見晴らしがよいのですが、崖の上なので端に近づいてはいけません。


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帰途は、同じ山道を戻ります。
下山後に峠の茶屋で、ソフトクリームを食べて疲れを取りました。
駐車場横にはトイレもあり、山道の運転の一休みにはピッタリの場所です。

小松・動山 360度展望の広い頂上

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小松市には、気軽に登山が楽しめる山が多くあります。
こちらが、動(ゆるぎ)山のスタート地点。
大杉谷川沿いに民家が点在する中、背の高い2本の鉾が目印の白山神社です。
正面の鳥居から右奥に伸びる道が続き、車で登山口まで行くことができます。


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登山口は車数台を停めることができ、弘法水の看板がつく水汲み場があります。
コンコンと水が湧き出る頭上には、名称の由来が書かれていました。
修行中の弘法大師が、杖を突きさした割れ目から水が湧き出た…とのことです。
ありがたく冷たい水をいただいてから、いよいよ登山を開始しました。


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スタートから急登の連続ですが、道に迷うことはありません。
途中大きな岩の上に上がると、雪が残る白山がよく見えました。


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たっぷり汗を絞られ、ようやく避難小屋が建つ頂上に着きました。
麓に野外活動施設がありますが、大人数の遠足でも広さ十分の山頂です。
360度の展望で、奥には白山が眺望できます。


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日本海側を眺めると、手前に広がる木場潟の全景がよく見えます。
ここまで4組の登山者と出会いましたが、全員往路を下山していきます。
駐車した場所に、まっすぐ戻るためでしょうか?
初めての山で先の道に少々不安もありましたが、自分たちは周回コースに進みます。
下山地点が違うので、車まで道路を少し戻り歩くことになります。


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途中に「青年の家」との分岐標識がありますが、大杉中町方面へ進みました。
心配していましたが、道は整備されていて、振り返ると動山の全景がよく見えます。
山頂はなだらかですが、谷が幾筋も深く切れ込んでいるのがわかります。


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新緑の間に、1本だけ満開の桜がありました。
暗い森の中に舞い散る花びらが、一層きれいなピンク色に見えます。


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ゴールは、足比売(たるひめ)神社の境内。
大きな集落ではありませんが、立派な村社として大切に守られているようです。
今から25年後には、4割の神社が消滅すると聞いたことがあります。
今何とかしなければいけない状況であることは、間違いありません。


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大杉谷川沿いの道路に出て車まで戻る途中、お店のような建物を見かけました。
閉まっていましたが、看板には「大杉中町劇場」とあります。
この山の中で、劇場?
と思いましたが、掲示されたイベント情報を見るとしっかり活動されているようです。
街中にはない面白さがありそうで、機会があれば是非見てみたいと思いました。


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川に沿って道路・民家・裏山が、平行に並ぶ大杉谷地区。
何気ない風景ですが、この地域に昔から続くものがまだたくさん残っています。
材木の倉庫一つとっても、どんな風につくられているか興味が沸きます。
工夫の跡を読み取るのは、楽しいものです。


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突然、天狗が現れました。
このお宅の庭には、他にもたくさんの手作り人形や石の彫物が置かれています。
道行く人を笑顔にさせてくれる、力作ぞろいです。
ここを過ぎれば、まもなくスタート地点の白山神社に戻ります。

野々市・カミーノ 魅力的なスポットがまた一つ誕生

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訪れるたびに魅力が増す街・野々市に、また一つ新たな魅力が追加されました。
今年4月にオープンした、「にぎわいの里ののいち・カミーノ」。
芝生の庭をはさんでV字型に2棟が建ち、ゆったりした駐車場もあります。
左は公民館ですが、信じられないほど充実した施設です。
ホール・視聴覚室・調理室・実習室×2・和室×2・学習室×3・研修室・多目的室×2。
そしてそれらが、なんと1室300~2700円/時間で借りられるのです!
ちなみに2700円/時間の部屋とは、300人収容できる立派なホール!!
地方都市の豊かさを、つくづく実感させられます。
右奥に見える平屋の建物は、「1の1」です。


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「1の1」とは、何度でも1年生を始められるみんなの学び舎・1年1組の意味とのこと。
入口上には、学校にありそうな丸時計がついていました。
授業イベントや、大人の部活動もあるようです。
中には、食堂・物販店・観光案内所・シェアキッチン・シェアオフィスがあります。


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室名札やイスも、どこか学校風です。
食堂の厨房と連続しているシェアキッチンは、曜日や時間で利用者が変わります。
料理教室やこれからお店を開きたい人の準備など、色々と活用できそうです。
新たなことを気軽に始められるきっかけが、たくさん転がっている街です。


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道路をはさんで隣には、オーガニック食材やフェアトレード品を扱うお店がありました。
店名は、「のっぽくん」。
おそらくのっぽな店主さんだと思いますが、残念ながら見かけませんでした。
ひさしが曲面でつながった面白い形で、壁の色や材料にも目が引かれる建物です。
カミーノを中心に豊かに変化していく街の連鎖反応が、始まっているようです。
近くには神社や旧家もあるので、次回はゆっくり散策してみようと思います。

野々市・カレード 日本のアートディレクション展2018

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金沢の隣町・野々市にある、「学びの杜ののいち カレード」。
手に取りたくなる本が選ばれ並ぶ図書館と、充実した市民学習の施設です。
入口を入ると右手に、オープンギャラリーがあります。
以前訪れた時は気づきませんでしたが、かなり広いスペースです。
そこで「アートディレクション展」が、行われていました。(すでに会期は終了)
コマーシャル・広告・パッケージなど、普段の生活の中で目にするデザインです。
撮影可能なのでデザイナーの卵らしき人が、熱心に写真を撮っていました。


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建築の仕事でもデザインは必要ですが、そこには多くの制約があります。
たとえば、法規・立地・構造・施工方法・予算・機能性・耐久性…などです。
形にするまでにハードルがたくさんあるので、実現できる幅が自ずと狭められます。
逆にそうだからこそ、限られた時間の中で1つの形を見つけられる気がします。
この展覧会の作品も、その裏には多くの制約があったかもしれません。
そうだとしても、建築よりは実現できる幅がずっと広いように思えます。
しかし、可能性が広い=考えやすいとは言えません。
多くのアイデアから1つの答えを見つけ出すことは、実に大変な仕事のはずです。
展示を見てアートディレクションという仕事は、つくづくセンスの仕事だと思いました。
そうして生まれた作品は、目にするだけで刺激をもらえます。


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地元・石川県の作品をまとめたコーナーがありました。
各県ごとの展示が並ぶと、それぞれの地方性が見えてくるかもしれません。
それにしても、こんな素敵な展覧会が無料で見られるとは…
地方の豊かさを、実感します。

田町・建築会館 赤くないポスト

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よく見かけるポストの形ですが…赤くない!
ブルーグレーのような色をしています。
正面には、「私設」のラベルがありました。
確かに建物内に設置されているけれど、利用できるのはここの人だけ…?
調べてみると、なんとポストは必ずしも赤でなくて良いそうです。
そして料金を負担すれば、一般と同じく収集してもらえるのが私設ポスト。
私設ポストは様々な色や形があり、誰が投函しても構わないそうです。
変わったポストが、まち歩きの新たな着目ポイントになりました。

川崎・浮島 工業地帯の石鹸工場見学

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石鹸で知られる花王・川崎工場の見学に訪れました。
工場がある浮島までは少し距離がありますが、川崎大師から歩いて向かうことに。
歩き始めてすぐ、マンションを背景に広い駐車場に囲まれた不思議な建物。
異国の様式風ですがまだ新しそうで、時折その建物の前を車が通ります。
看板を見て、なるほど…自動車の安全祈願をする場所でした。


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浮島は川崎の東端にあり、首都高湾岸線とアクアラインが交差する場所です。
花王工場までの道のりは、工業地帯を貫く首都高の下を通る国道。
大型トラックが行き交い、轟音・振動で砂塵が舞い上がります。
歩道はとても広いのですが、昼間のせいか誰一人歩いていません。
やがて、普段嗅ぐことのない金属的な臭いも漂ってきました。
途中にあった工場は、屋根・壁はもちろん電柱や地面まで一帯が煤けています。
どこか蒸気機関車に似た、存在感たっぷりの外観です。


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埋め立てられた人工島の間には、たくさんの運河があります。
煙突やクレーンが立ち並ぶ中を運搬船が行き交う、独特の風景です。


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浮島橋を渡ると左手にあるのが、目的の花王工場です。
その北側は多摩川の河口で、対岸には羽田空港があります。
空港側からは、こちらの夜景がとても美しく見えるのを思い出しました。
「花王石鹸」が発売されたのは、1890年とのこと。
現在は社名として使われていますが、当初は商品名でした。
その名の由来は、「顔石鹸」のKAOをもじって決められたそうです。


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ようやく、花王工場に到着。
間近に見える設備が、見学気分を高めます。
説明を聞いてからスタートですが、残念ながら工場内は撮影禁止。
効率や安全を追求する工場の姿は、やはり魅力的なものでした。
1962年に操業開始した工場なので、古さを感じる場所もあります。
しかし少々古くても大切に使われている姿には、逆に良い印象が残りました。
馴染みのない工業地帯を歩いてきて、疎外感の強い所だと感じていました。
それが帰り道には、少し親しみを感じる場所に変わった気がします。

川口・芝 夕焼けと電線

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夕焼けがとてもきれいだったので、思わずカメラを向けました。
後で写真を見ると、あまりに電線が多くてびっくり!
普段から見ているものは、あらためて意識しないと目に入らないようです。

大手町・川端緑道 ビル街の発光体

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再開発が進む、千代田区大手町。
人影もまばらな夜のビル街で、怪しげな発光体が目に入ってきました。


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赤と青の発光体の間には、階段がついてます。
ちょっと昔のSF映画に出てきそうな、宇宙船のようです。
しかし外観をいくら見ても、いったい何なのかわかりません。
あたりを探すと、小さな案内板を見つけました。


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案内板によると、
「先進環境技術を結集した植物工場システムによる超多毛作栽培で、
 都市内の緑地や公開空地の高度活用の可能性を実証しています。」
…とのこと。
あらためてよく見ると、たしかに中には野菜らしきものが並んでいます。
解説文もかなり頑張って主張しているのですが、どこか無理がある印象。
やっぱり、お日様に当たって畑で育った野菜を、食べたいものです。

さいたま・北浦和公園 名作椅子に座る

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北浦和駅西口から程近い北浦和公園は、以前は埼玉大学のキャンパスでした。
正面に見える建物は、公園内にある埼玉県立近代美術館です。


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街中でも木々の多い場所には、必ず小鳥たちがやってきます。
セキレイはエサ探しに夢中で、人を恐れる様子もありません。


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この日は、噴水池の掃除をしていました。
「音楽噴水」と呼ばれ、2時間おきに音楽に合わせて水が噴き出すそうです。


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普段は水中に沈んでいる配管が露出して、どこか作品のようにも見えます。
浅い水深の中で、高密度に重なりつなぎ合わされています。


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美術館の中央に吹抜けがあり、その周囲に置かれる世界各国の名作椅子。
じっくり見るのはもちろんのこと、すべての椅子に座ることができます。


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奥に見えるのは唇の形をしたソファで、その名も「マリリン」。
手前のパイプ椅子は、あまり変哲のない形に見えますが…
そのサイズがとにかく馬鹿でかくて、名前も「XL」。
実際には4L~5Lといった印象で、よじ登って座ってみました。


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全ての椅子に座ってみて、一番座り心地がよかったのがこちら。
柳宗理さんがデザインした、「シェルチェア」。
シンプルで美しい形、ギリギリまで考え抜かれたディテール、まさに名作です。

大月・雁ケ腹摺山 冬季通行止めに注意!

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五百円札に描かれた富士山の景色が有名な、大月の雁ケ腹摺山。
車で近くの大峠まで上がると1時間ほどで登れる山、ということで気軽に訪れたのですが…。
なんと、途中で冬季通行止めのゲートが! 事前調査不足です。
しかたなく、そこから歩いて大峠まで行くことにしました。
正面にはそれらしき山が見え、天気もよいのでハイキング気分で出発です。


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冬は落葉して、小鳥が見つけやすい季節。
街中では見かけませんが、山では群れでいることが多いアトリです。


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カシラダカ? ホオジロ?
後で調べてみると、お腹が白いのがカシラダカ、茶色いのがホオジロとのこと。
これは薄いけれど茶色なので、ホオジロだと思います。


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そのうち大峠に着くだろうと、のんびりと鳥観察しながら先に進みました。
しかし歩いても歩いても、ずーっと先までガードレールが続くのが見えます。
静かな山道に落石の音が響き、少し心配になってきました。
2時間ほど歩いた時、この日初めて出会う登山者が一人で下山して来ます。
「大峠まではあと少し」の声に励まされ、なんとかもうひと頑張りです。
先がわからない山歩きは、本当にしんどいものだと実感しました。


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やっと、大峠に到着。
出発ものんびりしていたので、すでに正午を過ぎています。
この日出会った二人目の登山者が、雁ケ腹摺山から下りてきました。
聞くと、朝6時過ぎに大月駅を出発していくつか山を越え、この後も黒岳へ登るとのこと。
舗装道路をヘトヘトになりながら登ってきた自分達とは、大違いです。
色々な危険が潜んでいる山に、たった一人で入る勇気にも脱帽です。
クマ出没注意の看板が気になりますが、登山者カウンターを押して登山開始。


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沢には、まだ残雪が残っています。
登山道は雪もなく、一見歩きやすく見えますが要注意。
乾いた表面の下はぬかるんでいて、何度も滑って転びそうになりました。


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大峠のあたりから、すでに富士山がよく見えます。
開けたところで立ち止まり振り返るたびに、絶景が楽しめます。


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西方向に目をやると、南アルプスが雲の上にそびえ立つ壁のようです。
富士山とは違う、幻想的な美しさがあります。


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頂上は開けていて、所々に雪が残っています。
途中、三人目の登山者とすれ違いました。
休日で天気の良い日でしたが、今回出会ったのは結局3人のみ。
それも全員男性の一人登山で、皆ベテランのようでした。


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これが、頂上から見える「五百円札に描かれた富士山」です。
…とは言うものの、五百円札を目にする機会はないので実感は今一つです。
暗くなる前に急いで下山し、再び長い長い舗装道を歩いて戻りました。

湯島・近現代建築資料館 洋館~和館のつながり鑑賞ポイント

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旧岩崎邸の前庭に面して、近現代建築資料館の入口があります。
資料館は文京区、旧岩崎邸は台東区なので、ここが区境のようです。
文京区側の湯島合同庁舎からは、無料で入れます。
いっぽう台東区側からは、まず旧岩崎邸の入場料が必要なので要注意。


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訪れた時は、開館5周年記念企画展「明治期における官立高等教育施設の群像」。
旧岩崎邸の洋館を見て「どの様につくっているのだろう?」と、疑問がわいた直後のこと。
まさに同じ時代の洋風建築の図面を、じっくりと見ることができました。


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展示もさることながら、隣に建つ旧岩崎邸の洋館~和館のつながりが見ごたえあります。
当然のことですが、洋館・和館がそれぞれ優先されてつくられたのでしょう。
その2つを上手くつなげるための苦労が、複雑な屋根の重なりから感じられます。
極端に天井の低い渡り廊下は演出ではなく、必然的に決まった寸法だったのかもしれません。


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装飾が付いて凸凹した洋館の壁・屋根に、瓦屋根が無理やり取り付いたような印象です。
図面を見て職人さんが、「どうやって納めるんだよ!」と嘆いている姿が思い浮かびます。

池之端・旧岩崎邸庭園 コンドル設計を体感する

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不忍池の南西、古い塀の向こうにある坂道を上がると歴史を感じる洋館が現れます。
三菱財閥の三代目・岩崎久彌の自邸です。
設計は、鹿鳴館やニコライ堂を手掛けたジョサイア・コンドル。
敷地はかつての1/3の広さになっていますが、当時の空気が十分伝わってきます。


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入口となる洋館は、ありとあらゆる部分に装飾が施されています。
しかも、様々な様式が混在。
一見したところ石造りの西欧風ですが、れっきとした木造です。
どんな風につくったのか、当時の工事現場を見てみたいものです。
この洋館は主に接客で使い、渡り廊下でつながった和館で生活していました。


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室内も装飾づくめで、部屋ごとに天井・壁の仕上げ・デザインが異なります。
まさに、工芸品で組み上げられた空間です。


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「金唐革紙」という立体的な壁紙に、古いスイッチがついていました。
左に並んだ穴は、コンセントでしょうか?
人の手が触れた痕を見ると、別世界の空間が少し身近に感じられます。


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芝庭を見下ろす、日当たりの良い2階のベランダ。
床には、きれいに板が敷き詰められています。
大雨の時は吹き込むと思いますが、防水や防腐をどうしているのか気になります。
装飾柱の台座が銅板でくるまれているので、板金下地があるのかもしれません。
それにしても、雨仕舞は…?と考えてしまう箇所の多い建物です。


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高い天井の洋館から和館へつながる、極端に低く暗い渡り廊下。
床が板から畳に変わり、足裏からも別空間への変化が感じられます。


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和館はコンドルではなく、棟梁・大河喜十郎の手によるものと伝えられています。
三菱をモチーフにした形が、随所に現れます。


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完成当時は何棟も連なり、550坪もの広さがありました。
残念ながら、現在残されているのは広間がある一棟のみ。
床の間の壁のど真ん中に、薄っすらと浮かび上がる富士山の絵。
障壁画の下絵は、橋本雅邦が描いたと伝わっています。


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和館から庭園に出て外観を振り返ると、驚くほどの軒の深さ!
3メートル近くは、軒先が出ているでしょうか。
その静かなシルエットが、全体に調和する美しさをつくり出しています。
派手な洋館と同じ芝庭に面して、大工棟梁の心意気は並大抵のものではなかったでしょう。
それにしても庭石・手水鉢・灯篭のどれもが、とにかく馬鹿でかくてビックリです。
江戸時代の大名庭園の一部が、踏襲されているそうです。


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洋館南側のベランダからは、芝庭が広がります。
おそらく当時は庭まで使って、盛大なパーティーが開かれていたことでしょう。
右手に見える大きな窓の部屋は、サンルーム。
その下あたりから、隣に建つ撞球室(ビリヤード場)に続く地下通路が伸びています。
一時期この建物は、最高裁の研修所として使われていたそうです。
文化財になる前の実際使われていた姿に、興味が沸いてきます。


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洋館の脇に建つ、コンドル設計の撞球室。
気分を変える「離れ」をつくりたかったのでしょうか?
一変して、山小屋風のデザインです。
石段の左には、地下通路へ明かりを落とすトップライトがあります。


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ログハウスのような壁、装飾的な刻みの柱や垂木、鱗型の装飾などで構成されています。
洋館・和館・撞球室と、異なる3種の建物を一度に見比べることができる場所でした。


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入口券売所横に、見慣れない車椅子。
大きなタイヤに触ってみると、けっこう弾力があります。
砂利敷きや芝庭の上だと、使いやすいのでしょうか?

上野・不忍池周辺 鳥の楽園

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様々な見どころがあり、いつ訪れても楽しませてくれる街「上野」。
絵にかいたようなかわいい梅の花が咲き、春も間近です。


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上野東照宮を歩いていると、「大仏はこちらではありません」の看板。
上野に大仏…?と思っていると、近くの小山に「上野大仏」の案内板があります。
上がってみると、顔だけの大仏が祀られていました。
もともと6mの高さがありましたが、関東大震災で顔が落ちてしまったそうです。
さらに体は、第二次世界大戦で金属供出されてしまったとのこと。
残念な話ですが、今では「これ以上落ちない」=合格大仏として人気があるようです。
隣には顔の絵が描かれた、たくさんの絵馬が吊るされていました。


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不忍池にはカモ・カモメ・鳩・小鳥など、たくさんの鳥で賑わっています。


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人と鳥の距離感が、ものすごく身近な場所です。
手を広げて、指先にスズメをとまらせる人までいます。


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太いパイプを束ねたイカダを浮かべ、枯れた植物を撤去していました。
池に入って作業していたので、あまり深い所はないようです。
しっかり手を入れることで、気持ちの良い環境が維持されています。


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不忍池から少し離れた道路に、突如ペタンペタンと歩く鵜が出現!


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飛ぶ気配はまったくなく、そのまま駐車場の建物に入っていってしまいました。
車に轢かれてはまずいと、係員も慌てて追い出そうとしますが言う事を聞きません。


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一緒に様子を見ていた男の子が、上手に誘導してくれてどうにか外へ出られました。
男の子に懐く姿が可愛らしく、ほのぼのとする出来事でした。

さいたま新都心・造幣さいたま博物館 移転で消えた展示物

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池袋にあった造幣局が、さいたま市へ移転しました。
池袋でも一度見ていますが、新しくなった造幣博物館と工場見学に訪れました。
こちらの工場では、主にプルーフ貨幣がつくられています。
プルーフ貨幣とは、輝きや模様をキラキラ・クッキリと仕上げたものです。
記念硬貨などとして発行され、館内の売店「ミントショップ」でも購入できます。
ちなみに「Mint」(ハッカでお馴染みの)は、「造幣局」の意味もあるそうです。


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工場では写真撮影不可ですが、勲章を一つ一つ手作りする作業が見られました。
博物館では当時のお金を見ながら、日本や世界のお金の歴史を知ることができます。
歴史の教科書に載っていた「和同開珎」も、もちろん展示されています。


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展示内容は池袋時代と大きく変わりませんが、ディスプレイがきれいになりました。
しかし、残念なことが一つ…。
以前あった「本物の金塊・銀塊を触ってみよう」のコーナーが、見当たりません。
数千万円もの金塊を持つ経験は普段ないことなので、復活されると良いのですが。


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お金にまつわることで、物価の推移が表になっていました。
わかりやすいところで、昭和20年代と60年代を比べてみると…
初任給の23.4倍を基準に、米8.5倍・ビール2.5倍・床屋45倍で庶民も納得。
それに比べて銀座の土地は、150倍!と桁が違います。
庶民とは無関係のものは、やはり価値の変動が大きいようです。

六日町・八海山スキー場 白と青と墨絵の世界

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八海山スキー場の最頂部まで、一気に上がるロープウェイ。
低いゲレンデの木々には、所々に雪が降り積もっている程度です。


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ロープウェイを降りると、目の前には白と青だけの世界が広がります。


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見下ろす町は墨絵のようで、どこか幻想的な雰囲気さえ感じます。


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森に囲まれた田んぼ(畑?)は、きれいな直線で区画されています。
土地の形に合わせて少しずつ向きを変え、美しい模様をつくり出していました。
ゆるいカーブの道・小さな小屋が、その風景にぴったりおさまっています。

塩山・恵林寺 武田信玄の菩提寺

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甲州市塩山、笛吹川の近くに建つ恵林寺。
鎌倉時代に創建され、後に武田信玄の菩提寺となった由緒あるお寺です。
入口の黒門からまっすぐに、参道が伸びています。


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参道を進むと次に現れるのが、この四脚門・通称赤門。
大きな屋根を載せる門柱の前後に、2本ずつ控えの柱が付く形です。
武田氏滅亡後の1582年、この寺は織田信長の焼き討ちにあいました。
しかし徳川家康により、1606年には早くも再建されたそうです。
この門は再建当時の姿を唯一残した建物で、国の重要文化財に指定されています。


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赤門の次に現れるのが、こちらの三門。
「心頭滅却すれば、火も自ずから涼し」は、焼き討ちの時この門で詠まれた句だそうです。
様々な歴史が、積み重なった場所です。
訪れたのが紅葉の季節で、ちょうどモミジが見ごろでした。


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一本の枝に色鮮やかな赤・黄・緑の葉が混ざり、ひと際きれいな紅葉でした。


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左下に見えるのは、地面に置かれた大きな鬼瓦。
おそらく、本堂で使われていたもののようです。
右上に見えるように、大きな屋根に載ってしまうとあまり大きく感じません。
しかし人の背丈ほどはあるので、焼くのも屋根に載せるのも大変だったと思います。


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造園屋さんが一人で、松の手入れをしていました。
一つ一つ手摘みで古い葉をとり、形を整えています。
上の方は終わったところで、さっぱりと散髪したようです。


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お寺の門前で、「ころ柿」と呼ばれる干し柿を売っていました。
屋根の上が吊るし場所になっていて、遠くからでも何のお店か一目瞭然です。


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きれいな柿色一色に埋め尽くされた、圧巻の風景です。


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向かいの土産店の店先で、不思議なものを目にしました。
手前は「石になった木」で、珪化木と呼ばれるものだそうです。
見た目は木ですが、触った感じは完全に石でした。
奥にあるのは、東洋一という大水晶。
そしてその横には、大きな大きな武田信玄像がありました。
地方の土産店は、見たことがないものに出会える楽しい場所です。

牧丘町・小楢山 頭上に浮く岩

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合併で山梨市となった、巨峰の産地・牧丘町。
舗装された道で焼山峠まで上がると、駐車場があります。
たくさん並んだ「子授地蔵」の横から、小楢山の登山開始です。


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登山道は、幅の広い防火帯です。
アップダウンを繰り返しながら、進みます。


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「的石」の標識の先には、丸い面をこちらに向けた大きな岩。
林の中にポツンと直立し、横から見ると平らな板のような形をしています。
まさに弓矢か射撃の訓練のために、立てられたような姿です。


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裏の斜面にまわると、パッカリと割れた大岩がゴロゴロしていました。
おそらく的石も、同じように自然にできたものなのでしょう。
それにしても、どうして一枚だけ残っているのか?…謎です。


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小楢山の頂上は広く開けていて、眺望がよい場所です。
あいにく雲がかかり、富士山は時おり薄っすらと見える程度でした。


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山頂から少し下り先に進むと、まもなく「幕岩」があります。
リュックを置いて身軽になり、かなり急な岩面を鎖でよじ登ります。


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登りきる直前の頭上に、浮いたような大きな岩が現れます。
たった3点でまわりに接している、ぎりぎりバランスを保っているような状態です。
この岩の左下にあるすき間をくぐらないと、上には行けません。
岩にぶつからないように気をつけながら、何とかくぐり抜けました。
上に立ってみると、この岩を橋にして隣の岩山に渡れば、景色が良さそうです。
しかしさすがに、それは出来ませんでした。


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岩が落ちてこないことを願いながら、静かに鎖を伝って幕岩を下ります。
一安心して横を見上げると、人の顔のような岩がこちらを眺めていました。


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冬の山は、鳥たちを見つけやすいのが魅力です。
ホオジロが、寒そうに羽を膨らませていました。
冬本番はまだこれからですが、よほど寒かったのか、近付いても動きません。


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広く歩きやすい道ですが、獣が掘り返したような跡が多いのが気になります。
近くにはこのような2つの穴が、たくさん残されていました。
形から想像すると、おそらくイノシシが牙を突き刺した跡のようです。


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駐車場に戻ると、1本の木からたくさんの鳥の声が聞こえます。
見上げると、アトリの群れが木の実を忙しく啄ばんでいました。

甲府・丸の内 70年続く万年筆専門店

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甲府といえば「武田信玄」、駅前には大きな銅像がありました。
信玄の父・信虎がこの地に開府してから、来年でちょうど500年を迎えるそうです。
駅から歩いて行ける距離に、ゆかりの地が点在しています。


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商店街を歩いていると、ひときわ明るく輝いているお店が目に入りました。
看板に書かれた言葉には、なぜか読まずにはいられない求心力があります。
趣のある箱文字で「山梨万年筆商会」と店名が掲げられた、万年筆の専門店でした。
この地に店を構えて70年の歴史があるだけに、他では味わえない見ごたえがあります。
甲府は地場産業の宝飾や印伝など、じっくり見たい専門店がたくさんある街でした。

韮崎・甘利山と千頭星山 熊の足跡?

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韮崎インターから30分ほど山道を上がった所にある、甘利山の駐車場。
360度展望の山頂までは、気軽に散策できる距離です。


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車でかなりの標高差を上ってきているので、眼下には韮崎の町が一望できます。


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甘利山だけでは物足りないので、足を延ばして千頭星山に向かいました。
甘利山を振り返ると、お椀をひっくり返したような山頂の形がよくわかります。


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休憩中の視線の先に、なぜか三本そろってきれいに斜めに傾いたカラマツが…。
今年の強風の影響でしょうか、まだ新しそうな傷跡の倒木も多く見かけました。


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カラマツの多い山ですが、すでに葉はすべて落ちていました。
紅葉の季節は、さぞかしきれいだったと思います。
霧がかかってきて、幻想的な風景です。


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霧が晴れ、視界も開けました。
笹原の中の平らな道を、しばらく歩きます。


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ぬかるんだ道に、何やら動物の足跡!
大きな跡と重なって、同じ形の小さな跡があります。
大きさから考えると、熊の親子のような…?
まだ新しそうだったので、鈴をしっかり鳴らしながら先を急ぎました。


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山でよく見かける寄生植物(?)が、たくさん枝にまとわりついています。
網についた海苔に似ていて、美味しそうな見た目です。


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カラマツの落ち葉に覆われた、千頭星山の山頂に到着。
展望はききませんが、林に囲まれて穏やかな風が吹く場所でした。

さいたま新都心・けやき広場 青い光に満たされる

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さいたま新都心駅に隣接する、「さいたまスーパーアリーナ」。
イベント時は、多くの人出であふれかえります。
そのため駅からは、広い歩行者デッキで結ばれています。


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駅から歩いてくるとその正面に現れるのが、「けやき広場」。
林のように見えますが、空中に浮いたデッキの上です。
床内に等間隔にプランターが仕込まれていて、そこに大きなケヤキが植えられています。
冬になると、ケヤキはすべて青いイルミネーションで飾られます。
この時期だけ、青い光に満たされた幻想的な広場に様変わりです。

川口・芝 街中のカワセミ

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普段から気にしていると、街中でも様々な鳥がいることに気づかされます。
「カワセミ」というと、山里のきれいな川にいるイメージです。
しかし住宅街でも小魚を捕る環境があれば、意外と見ることができます。


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きれいな色かわいらしい体形は、何度見ても見飽きません。
獲物を狙ってじっとしているので、写真にも撮りやすい鳥です。


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一定の距離以上近づくと、飛び去ってしまいます。
逆に距離を保って観察していると、小魚を捕る瞬間を見ることもできます。

国立国会図書館 二人でも満腹「メガ図書館カレー」

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落語・講談・浪曲・漫才・曲芸・マジックなどが楽しめる、「国立演芸場」。
1~10日は上席・11~20日は中席と呼ばれ、演目が変わります。
舞台と客席は、生の演芸を身近に感じられるちょうどよい広さです。
壮大な建物が建ち並ぶ一帯で、小さく軒が出た日本らしい外観をしています。
早めに行き最前列の席を押さえてから、付近を散策しました。


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演芸場の隣は、入場無料の「伝統芸能情報館」。
伝統芸能の視聴などができ、好きな人なら何時間でもいられそうです。
そして演芸場のすぐ裏(というかこちらが表)が、この「国立劇場」です。
一辺100mの正方形平面に、見上げ高さ14mという超横長の外観をしています。
水平線を強調した重厚な印象ですが、連なる赤い提灯が華やかさを彩ります。
正面に見えるのは、最高裁判所の外壁です。


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コンクリート製の校倉造りの隅を、見上げたところです。
完成から50年以上経ちますが、手入れが行き届き美しさを保っています。


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正面から目にすることの多い「最高裁判所」ですが、裏側に回って見ました。
石を切出した山の採石場のようにも見える外観です。


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次に立ち寄ったのは、「国立国会図書館」。
最高裁判所と、国会議事堂にはさまれた場所に建っています。


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左側が本館、奥に見えるのが新館で、連絡通路でつながっています。
来館者の多くは、ここにしかない資料を求めて来ていると思います。
調べものに集中している人々の空気が、伝わってくる場所でした。


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新館と本館の間には、中庭があります。
タイル・コンクリート・鉄・ガラスそれぞれの素材感を生かし、曲線や直線で構成されています。
引き戸のように見える出入口は、枠から扉だけ浮いたような形の開き戸になっていました。


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枠の上に扉がかぶさるような、すっきりしたディテールです。
材料はおそらく、錆びて良くなるコルテン鋼のようです。


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長時間いる人のために、館内には喫茶室や売店もあります。
演芸場に戻る前に、6階の食堂で昼御飯を済ませることにしました。
店内の雰囲気は学食か社員食堂に近いのですが、メニューが豊富です。
迷った末に選んだのは、「メガ図書館カレー」。
トレーとほぼ同じ大きさの、四角い皿…
そこに超大盛のごはんと、ひき肉たっぷりのカレー、牛丼の具までのっています。
一つ注文して二人で食べましたが、二人とも満腹になる大満足の一品でした。

白山-7 2ヶ月で復帰した吊り橋

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下りはじめるころには、すっかり雲に覆われてしまいました。
室堂ビジターセンターの先には、一段低く広がる弥陀ヶ原が見渡せます。


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弥陀ヶ原では、完全に雲の中に入ってしまいました。
往路の晴天とはひと味違う、幻想的な景色です。


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地面を這うように枝が広がる、ナナカマド(…だと思います)。
雪に埋もれる影響か?もともとこういう樹種なのか?不思議な形です。


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長い長い下りで膝が限界を迎えた頃、ようやく晴れてきました。
この吊り橋を渡ると、いよいよゴールです。
全長117mで、標高1000m以上では日本一の長さだそうです。


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以前の吊り橋は20m上流で9m低い位置でしたが、土石流で壊されてしまいました。
しかし驚くことにそれからたったの2ヶ月で!現在の吊り橋を完成させたそうです。
災害に負けない、日本人の強さを感じます。


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夜明けにスタートした白木の鳥居には、すでに西日が差していました。
すぐ横に休憩舎があり、コンコンと流れる湧き水飲み場があります。
水筒に入れて持ち帰り、おいしいコーヒーを楽しみました。

白山-6 大きな青い火口池

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室堂でひと休みして、いよいよ頂上を目指します。
直前まで青空でしたが、下から雲がせまってきました。


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雲に追いかけられながらも、何とか青空の下で頂上到着。
石垣に囲まれた奥宮が、出迎えてくれました。


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しばらく頂上を覆っていた雲も通り過ぎ、山頂からの景色が現れました。
そこには青い水面の火口池があり、いかにも「火山」の姿です。


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広大な風景の中では、小さな水たまりのように見えます。
しかし池の左側を歩く人と比べると、その大きさがわかります。


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東方向の山の間には、さらに濃い青色に輝く湖が見えました。
こちらは形から想像すると、火口ではなさそうです。


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頂上では雲に覆われたり、晴れたりの繰り返しでした。
空に近い奥宮のまわりには、雲海が広がります。


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奥宮の屋根は木の板でつくられ、緑色に塗装されていました。
瓦や板金だと、吹き飛ばされてしまうのでしょう。
維持や修理も、簡単そうです。

白山-5 安心の拠点・室堂ビジターセンター

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弥陀ヶ原を抜け、ハイマツ林を登りきると、室堂ビジターセンターが現れます。
標高2450mですが、規模が大きくてしっかり整備された施設です。
周囲には、数棟の宿泊施設が建ち並んでいます。


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中には食堂や売店はもちろん、夏季だけ開かれる郵便局もありました。
診療所も開かれるそうで、夏の賑わいが想像されます。


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外には、ヘリコプターで運んだと思われるたくさんの荷物がありました。
正面に見えるのが奥宮祈祷殿で、その先がゴールの山頂です。


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ビジターセンターは、外壁修理中でした。
手前に見える塗装されたサイディングを、木の板に張り替えています。
天然の木は傷みますが、百年後でも同じものが手に入ります。
一方で製品化された建材の多くは、10年も経たないうちに手に入らなくなります。
建築の寿命を考えると、板壁に変更したのは正解だと思いました。


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山頂直下の室堂は、相当厳しい風雪にさらされるのでしょう。
扉の厚さ、それを支え動かす丁番は、普段目にすることのない頑丈さです。


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宿泊棟にあった、「冬期入口」。
そこだけ黄色に塗られ、ハシゴもかかって、どこか秘密基地のようです。
一面雪に覆われた時の風景を、見てみたい気がしました。

白山-4 弥陀ヶ原のホシガラス

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長く厳しい登りが続いた後に、目の前にいきなり広がる絶景の「弥陀ヶ原」。
平らに開け、正面に白山山頂がそびえる光景は、まさに別天地です。


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低い笹の間を、とてもよく整備された木道が続きます。
風もなく穏やかな中を歩いていると、ここまでの疲れが吹き飛ぶようです。


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笹原の中に赤い実だけが残った木は、ナナカマドのようです。
自分が知っているナナカマドとは違い、地面を這うように横に広がる枝ぶりです。
雪に埋もれる期間が長いせいか、元々そういう種類なのでしょうか…。


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平らな木道を過ぎて再び登りが始まると、周囲はハイマツに覆われました。
途中で弥陀ヶ原を見返すと、通ってきた木道の様子がよくわかります。


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この辺りでは、ホシガラスをよく見かけました。
こんな山の上で、食べ物はあるのだろうかと思っていると…


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ハイマツ林の中を、行ったり来たりしています。
枯れ木にとまったのでよく見ると、松ぼっくりから実を食べていました。

白山-3 つづら折りを登る

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標高2000mを超えると、やがて高い木がなくなり視界が開けました。
空が、すぐ近くに感じられます。


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山の上にも関わらず、なぜか足元には角がとれた丸い石が多く転がっています。
特に白くて卵のような石が、目につきました。


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登山道でも、数多く目につく場所と、ほとんど見かけない場所があります。
この地方は恐竜の化石なども出ているので、かつては海だったのかもしれません。


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道はつづら折りになり、さらに登りが続きます。
厳しい道のりですが、気持ち良い晴天で抜群の景色が楽しめました。


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10月中旬でしたが、日当たりの良い岩肌にも氷が張っていました。
滑る足元に、要注意です。


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標高2320mの黒ボコ岩に、到着です。
上に立つことができるかなり大きな岩なので、記念撮影のスポットになっていました。
この岩も、火山活動の名残りだそうです。

白山-2 頑丈のお手本「甚之助避難小屋」

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標高1960m地点にある、甚之助避難小屋。
高いコンクリート基礎の上にのる、見るからに頑丈そうな木造の建物です。


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山の風景に馴染む、板張りの外壁。
屋根の近くには、雪に埋もれた時の小さな入口があります。


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積雪があり、吹きさらしの場所なので、軒の出も小さくなっています。
ボルト留めされた三角形の上の角材が、短い軒先をさらに補強していました。
頑丈なつくりは、デザイン的にも魅力があります。


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木製の引き戸も、大きなL型のステンレス板で補強されていました。
その戸が動くレールも、ステンレス製の厚いフラットバーが使われています。
板壁は、シンプルに表面から太いビス留め。
これなら傷んだ箇所の取り換えが、容易にできます。


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重さのかかる敷居も、しっかり下から補強されています。
あずき色の板金が、木の壁によく馴染んでいました。


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少し上がった所からの、振り返りの風景です。
中央に甚之助避難小屋が、小さく見えます。
この山深い環境に耐える建物は、「頑丈さ」の良いお手本です。

白山-1 動き続ける谷

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石川・福井・岐阜・富山の4県にまたがる、「白山国立公園」。
開山1301年という、歴史のある信仰の山です。
石川県白山市の別当出合登山口に、広い駐車場があります。
夏は交通規制がありここまで来れませんが、訪れた10月は規制解除されていました。
真っ暗な山道を走り駐車場に到着すると、すでに多くの車が停まっています。
様々な土地のナンバープレートで、かなり遠くからも来ているようです。
夜明けとともに、登山開始しました。


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しばらく行くと右手の山は岩肌がむき出しになり、崖となってそびえ立ちます。
左に見える万才谷には、勢いよく何段にも水が流れ落ちる不動滝があります。
この付近は雪も多く、火山で地盤も悪く、過去に何度も土石流の被害がありました。
そのため谷の水を、山の向こう側に排水するトンネルが掘られているそうです。
こんな山奥での難しい工事とは…、どのように行われたか想像がつきません。
さらに滝の下には、砂防堰堤群が築かれています。


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堰堤は、コンクリートの塊をブロックのように積み重ねて作られていました。
山深い場所で、効率的に作れる方法なのでしょう。
山の大きさと比べると少し頼りなく見えますが、この段差でエネルギーを吸収するそうです。
さらに上がると、文化財に登録された大正時代の谷止工を見ることができました。
岩を一つ一つ積上げた小さなものですが、昔から災害と戦ってきたことがわかります。
目の前の谷も日々変化していきますが、自分が立つ地面も常に動いているそうです。
しかもその変化量は、なんと年間10㎝以上!とのこと。


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水による災害だけでなく、この山は活火山であることも忘れてはいけません。
注意を促す標識や、パンフレットがしっかり用意されています。
入山規制が出ると、想定火口域から4㎞に入る別当出合登山口も立入禁止となります.

蕨・和楽備神社 日本一狭い市のパワースポット

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埼玉県・蕨(わらび)市は全国一狭い市で、面積が5.11㎢しかありません。
東京に近いこともあり、人口密度が最も高い市でもあります。
住宅が密集した一角にある、緑に囲まれた落ち着いた雰囲気の「和楽備神社」。
夜には静まり返る境内ですが、この日は何やら賑やかな様子です。
近づいてみると、ちょうど祭事があり神楽殿で舞が演じられていました。


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笛・太鼓に合わせて、狐の面をかぶった演者が踊っています。
ごく普通の住宅街で、普段見ることのない日本の伝統を見る…
神社という場所がもっている神聖な空気を、強く感じるひと時でした。


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普段は通り過ぎていたので、この機会にお参りすることにしました。
広くはない境内ですが、鳥居が4つあります。
他にも多くの石碑・小さな社・池・太鼓橋などがあって、それぞれ謂れがあるようです。
一つ一つ丁寧に見ていくと、実に興味深い神社です。


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この手水鉢は、江戸時代初期につくられました。
大型で、四隅が凹型になっているのが特徴です。
このような形をしているのは、徳川家ゆかりの場合が多いそうです。
ある大名により、上野・寛永寺に奉納されていた貴重なモノのようですが…
明治になると、なんと近所の豆腐屋で水桶として使われていたとのこと!
怖そうな龍が口を開けていますが、豆腐が入った姿を想像すると微笑ましく見えてきます。


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ひと際明るいガラス扉の中には、大小2台の神輿が飾られていました。
この建物は、最初は神社の拝殿として使われていました。
移築して神楽殿となり、その後今の神輿殿となっています。
歴史ある建物に埋め込まれた、キラキラのショーケースのようです。
特に暗闇の中で見ると、新旧の対比がとてもきれいに見えました。


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拝殿に掲げられた額縁です。
明治44年に町内の神社が合祀され、その時に「和楽備神社」と命名されました。


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近年は整備に力を入れているようで、新しい社務所からは木の香りが漂います。
生活とは少し縁遠くなっている神社ですが、やはり日本人にとっては心が休まる場です。
小さな街・蕨の、まさにオアシスのような存在になっています。

川口・芝辻 庚申塚の覆い屋を見る

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花も供えられ、きれいな赤い着衣の石像が目に留まりました。
道端で見かける、「庚申塚・こうしんづか」です。
石碑のような形をした庚申塔はよく見かけるので、街道の目印か何かだと思っていました。
横に「庚申塚の謂れ」の解説文があったので、あらためて読んでみると、
庚申の夜に、体から抜け出した虫が天に上って、病を引き起こす…らしく、
それを防ぐために像などを祀る信仰が、盛んだった時代があったようです。



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平安時代から続く庶民の信仰を、現代でも大切にしていることが伝わる場所です。
しかしそれよりも気になったのが、像を覆う屋根。
足元が腐りやすい柱は鉄骨、屋根は傷んだら架け替えやすいように木で出来ています。


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形が特別良いわけではありませんが、異種材料がシンプルにつながっています。
こんな風にさりげなくやっている建築を見ると、とても魅かれるものがあります。
つくる人があれこれ考えたことを、クイズのように読み解く面白さに近いかもしれません。

川口・芝小学校 緑の校庭

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9月に仕事場を移転した場所は、川口市の「芝」という地名です。
地名にちなみ、この地域に古くからある芝小学校の校庭は、芝生に覆われています。


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子供たちが毎日利用しているはずですが、とてもきれいな状態でした。
維持するのはとても大変だと思いますが、地域の誇りにもなっています。
名前の縁を生かして、どこでも芝生が目に入る街になれば良いなと思います。

みなかみ・SL転車台広場 転車台の上の小さな小さな小屋

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水上駅に隣接しているSL転車台広場に、D51が展示されていました。
綺麗なので古さを感じませんが、昭和18年…ということは戦時中の製造です。
蒸気機関車というと歴史上のものという気がしていましたが、廃車は昭和45年。
私が子供の頃は、まだバリバリの現役だったということです。
27年間で、164万㎞も走りました。


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広場の主役、転車台です。
高崎~水上間で現在も運転している蒸気機関車は、この転車台で向きを変えます。
タイミングがよいと、迫力ある様子が間近で見られるそうです。


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機械的なブルーの転車台も格好いいのですが、気になるのはこの小さな板張りの小屋。
少し斜めになって、台の端にちょこんとくっついています。
曲面の赤い屋根がのって、何とも親しみやすい姿です。
中の壁には操作の注意書き(?)が張られているので、操作室か待機室だと思います。
それにしても、この扉の小ささ!
かなり痩せた人でないと、出入りが難しそうです。


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駅から少し離れた道の駅・水紀行館には、電気機関車が展示されていました。
昭和22年製造なので、実は広場のSLとはたった4歳違いということになります。
10年後には急勾配用に改造され、山の線路で活躍しました。
昭和56年の廃車まで、地球61周分の距離を走ったそうです。


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みなかみでは様々な動物を見かけますが、少し山に入ったところにいた親子のサルです。
数匹のグループで、道路際の栗の木を揺らして実を落としています。
どうやら、その上を車が走って割れたところを食べているようです。


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襲ってくる観光地のサルもいるので、恐る恐る窓を少しだけ開け、カメラを向けると…
慌てて子ザルが親ザルのお尻に飛びつき、あっという間に走って逃げてしまいました。
ブレながらも、何とか可愛らしい表情が撮れました。

みなかみ・土合駅 日本一のモグラ駅

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谷川岳をロープウェイで下り、車でさらに下るとJR上越線の土合駅があります。
山の駅らしく、駅前広場は広い砂利敷きです。


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三角屋根の下の入口には、「ようこそ日本一のモグラ駅 土合へ」の看板が。


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無人の改札を抜けると、1・2番線の標識。
雪除けの柵が取付けられた窓の外には、上り2番線の線路とホームが見えます。
下り1番線は、奥の入口を左へと進みます。


8-1-1158

改札口からはちょうど180度向きを変えて、少し薄暗い通路が伸びています。
鉄骨の骨組みですが、壁はコンクリートブロックの仕上げ。
深い雪に、耐えられるようにしているのでしょう。
トンネルのようにも見えますが、途中から道路をまたぐ橋になっています。
そういえば駅に入る直前、道の上を何かが横断していたことを思い出しました。


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少しずつ下りながらブロック壁の通路を抜けると、アーチ天井の広く明るい通路に出ました。
ここだけは、両側が端から端まで窓になっています。


8-1-1160

窓から外を見ると、そこは川の上でした。
木々に遮られて気づきませんでしたが、道路のすぐ脇に湯檜曽川が流れていたのです。


8-1-1161

橋を渡りきるといきなり、地中深くに伸びる大階段が現れます。
登山後の疲れもあり一瞬迷いましたが、せっかく来たので下まで降りることに。


8-1-1162

途中の壁からは、ジャンジャンと水が湧き出ています。
地上には川があるので当然のことですが、工事の時はどうしたのでしょう?


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長いとは言え下るのは楽なもので、まもなく1番線下りホームに到着。
待合室もありますが、本数は少ないようで誰一人いませんでした。


8-1-1164

帰り道は、ひたすら上るだけです。
階段の右側は、水路。
左側は石がむき出しになっていましたが、こちらにも水を流すのかもしれません。
照明の光の所だけ苔が生えていて、環境に合わせて生きている姿がわかります。


8-1-1165

床に消えかかった文字を発見。
「ここが階段のまん中です」と書かれています。


8-1-1166

さすがに上りは疲れますが、そんな時はこのベンチでひと休みできます。


8-1-1167

ついに上り切って橋を渡ると、目に入ってくるお疲れ様の看板。
早々とホッとしないように、「まだ少し先ですよ」の心遣いがありました。


8-1-1168

行きに通った通路を戻ります。
どこも絵になる空間の連続で、この時も何かの撮影で利用していました。
それにしても、どうしてこれほど極端に上下線が離れてしまったのでしょう?

みなかみ・谷川岳-4 雲の下におりる

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頂上は雲の中で真っ白でしたが、少し下るとスッキリ良い天気になりました。
下りは余裕ができて、ゆっくり景色を楽しめます。
岩の上での記念撮影、遠目に見ると危なそうです…。


8-1-1151

東方向に見える、西黒尾根です。
ロープウェイを使わずに、山頂を目指すコースがあります。
日本有数の急登だそうで、初心者は下山しないように注意されていました。


8-1-1152

濃い朱色に塗られた鎧張りの金属板の壁が力強い、熊穴沢避難小屋。
過酷な環境下で、しかも車の入れない場所につくられた建物です。
どのようにしてつくられたのか、維持管理されているのか、とても興味があります。
そんな解説があれば、登山者にさらに大切にされる小屋になりそうです。


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登ってきた谷川岳が、正面に見える場所に出ました。
やはり山頂付近だけ、雲がかかっています。
きれいに全容を見たい反面、今ごろ晴れると少し悔しいので、よかったです。
次に来るときは、快晴の日を狙いたいと思います。


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天神平に、戻ってきました。
左の建物がロープウェイの天神平駅で、その周囲にゲレンデが広がります。
5月ごろまで雪が残るスキー場なので、春スキーを楽しめることで有名です。
レストハウスでソフトクリームを食べ、一休みしてからロープウェイで下山しました。

みなかみ・谷川岳-3 雲の中の山頂

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山頂を目前にして建つ山小屋「肩ノ小屋」の横には、「谷川の鐘」が吊るされています。
鐘を目にすると、どんな音か聞きたくて、自然に手が伸びてしまいます。


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小屋の入口は、強風にも耐えられそうな鉄扉でした。
扉の上にもう1つ小さな扉、その横にはハシゴがあります。
大雪の時の、出入りに使うのでしょうか?


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山のてっぺんですが、しっかりした設備が整っていました。
こういう山小屋があると、安心して登山ができます。


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谷川岳は双耳峰と呼ばれ、「トマの耳・オキの耳」という2つの山頂があります。
まずは、トマの耳に向かいます。
しかし…山小屋から少し登ったとたん、一面雲に覆われてしまいました。


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さらに先にある、オキの耳に向かいます。
トマの耳より14m高いので、こちらが正式な山頂なのかもしれません。
しかしやはり…、さらに濃い雲の中になってしまいました。


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休憩中のようですが、絶壁を背にしていることに気付いていないかもしれません。
360℃真っ白な雲の中も、普段は味わえない面白い世界でした。

みなかみ・谷川岳-2 ヘリコプターを見下ろす

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登るにつれて高い樹木が少なくなり、視界が開けます。
西に広がる壮大な山の姿を眺めていると、山裾に何やら煙突のようなものが?
こんな山深い所に、何だろうと思っていると…
他の登山者が、上越新幹線の大清水トンネルの通気口だと教えてくれました。


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つばがついていて、穴もまん丸ではない独特の形をしていました。
このトンネルと並んで、関越自動車道・関越トンネルがあります。
この山の下ですごい大工事が行われたのだと、あらためて感心しました。


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低木や笹の風景になり、いよいよ頂上に近づいてきました。
先の登山道もよく見えて、視界良好です。


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バタバタと大きな音が、聞こえてきました。
目をやると、なんと視線より低い位置にヘリコプターが飛んでいます。
いつも登っているような低い山では体験できない、不思議な光景でした。


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あっという間に雲が湧き起こり、すごいスピードで風で流されてきます。
頂上に着いた時には、少しでも晴れてくれるとよいのですが…

みなかみ・谷川岳-1 ロープウェイで標高1319mへ

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立体駐車場と直結する、標高746mの土合口駅から乗るロープウェイ。
標高1319mの天神平駅まで、573mの高低差を15分で上がります。
山の装備をした人、観光で訪れた家族連れなど、様々な人が利用しています。


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見下ろすと沢が流れていて、滝の様子もよくわかります。
沢に沿って、登山道がありました。
さすがに上る人は少ないようですが、下りの人は数名見かけました。
時間に余裕があれば、歩いて下山するのも楽しいかもしれません。


8-1-1135

晴天の中、いよいよ登山開始。
正面に見える谷川岳の山頂付近は、雲がかかっています。


8-1-1136

険しい山肌には、流れ落ちる水が白い筋になって見えています。
川の始まりです。
この水が湯檜曽川、利根川へと流れ込み、太平洋までつながると思うと壮大です。


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足元を見ると、鮮やかな黄色をした不思議な形のものが…
後で調べると、ニカワホウキダケという毒キノコの1種でした。
ホウキを逆さまにしたような形から、命名されているそうです。


8-1-1138

真っ赤なサンゴのようなものが、登山道にたくさん散らばっているのを目にします。
鳥たちが食べた後のミズキの実の房が、落ちたものでした。
秋の山は、彩りが豊かです。

みなかみ・大峰沼~吾妻耶山-2 秋の山のキノコ色々

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ススキが風になびき、空もどこか秋を感じる季節です。
ヤマヒルに苦労した山ですが、色とりどりのキノコを見て楽しめる山でもありました。


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キノコの知識がないので、名前も、食べられるのかもわかりません。
それでも、目を引く色や形は見ているだけで楽しめます。
デザインされたような鮮やかな赤いキノコが、3つ並んでいました。


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誰かが山に落としていった、ハンバーガー?
それも1つで満腹になりそうな、超ビッグサイズです。


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暗い森の中でひときわ目立つ、白く美しい姿。
帰ってから図鑑で調べてみると…
英語名で「殺しの天使」と名付けられた、最強毒キノコ「ドクツルタケ」のようです!
処置をしなければ、ほぼ確実に命を落とすそうです。


8-1-1130

枯葉の中から顔を出した、可愛らしい小さなキノコ。
真っ赤な傘と白い柄で、絵本に出てきそうキュートな姿ですが、これも調べてみると…
「ドクベニダケ」のようで、名前の通り毒があります。
毒はさほど強くなく、そもそも辛くて苦いので食べられないそうです。
…と言うことは、味わってみた人がいるということでしょうか?


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高貴な紫色で、その上ツヤツヤと光っていました。
食べられるキノコや山菜を見分けられる人は、本当にすごいと思います。
本で得た知識は、自然の中で重ねた経験にはかないません。


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車で山を下る途中、急にヤマドリが道の脇から現れました。
車を停めると、真っ赤な顔をこちらに向けて羽を広げて威嚇(?)してきます。
窓を開けてカメラを向けると、残念ながら逃げてしまいました。
初めて間近で見ましたが、姿形の凛々しい美しい鳥でした。

みなかみ・大峰沼~吾妻耶山-1 山ヒル注意!

8-1-1118

群馬県・月夜野インターから程近い大峰沼を経由して、吾妻耶山に上るコース。
登山口の駐車場から大峰沼までは、比較的整備された道が続きます。
その途中、前を歩く地元の人が一人立ち止まって声をかけてきました。
「今日は特に山ヒルが多いから、注意したほうがいいですよ…」
足元を見ると、すでに何匹ものヒルが靴を這い上がってきています!
ズボンのすそを上げると、靴下の上からすでに1匹が血を吸い始めていました。
ゴムのように伸びるヒルをどうにか引き剥がし、沼の畔にある休憩所まで急ぎます。
地面から木製デッキの上に上がり、一安心して再び足元を確認。
すると早くも数匹のヒルが、這い上がっています!
地元の人がヒル除けを取り出し、靴とズボンの裾にスプレーしてくれました。
どんなものか見せていただくと、その商品名は…「ヒル下がりのジョー」。
ジョーも無敵ではないそうなので、その後も足元を気にしながら先に進みます。
大峰沼は浮島で有名ですが、水が少なく浮いた風景は見られませんでした。
というより、ヒル騒動でゆっくり景色を楽しむ余裕はありませんでした。


8-1-1119

大峰山山頂を目指しますが、林の伐採でルートがわからなかったり、倒木があったり…。
草も生い茂っているのでヒルが気になり、ゆっくり山歩きを楽しめません。
通り過ぎかけた目立たない山頂付近まで来て、やっと少し安心できるようになりました。
キノコがたくさん顔を出す山道を、アップダウンしながらさらに進みます。
やがて石の門柱が見えたら、吾妻耶山の山頂に到着です。


8-1-1120

山頂には、明治24年につくられたという石の祠が3つ並んでいます。
それぞれ別の町村の名が、刻まれていました。
地元の信仰が、昔から広く厚かったようです。


8-1-1121

谷川岳を望みましたが、あいにく雲に隠れて見えません。
そのかわり手前の山に霞みがかかり、一文字に横たわる虹が出ていました。


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山頂からは、山間を流れる利根川沿いの水上温泉街が、間近に見下ろせます。


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復路は、ノルンスキー場の横を通るルートです。
スキーならあっという間のゲレンデも、広い視界を楽しみながらのんびり下ります。


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ゲレンデから再び森に入ると、まだ緑の葉が残る新しい倒木が多く見られました。
今年の台風の影響でしょうか。


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壊れかけた吾妻耶神社の鳥居が、現れました。
何回建て直しても一本になってしまうので、「一本鳥居」と名付けられています。
見ると看板も壊れているので、雪か風の影響を受けやすい場所なのかもしれません。
ここを過ぎると間もなく、ヒルに襲われた往路の大峰沼のルートに合流です。
とにかく早足で一気に駐車場まで下り、足元を見ると…
やられていました!
すでにヒルはいませんが、靴下に2か所大きく血がにじんでいます。
「ヒル下がりのジョー」の力及ばず、かなり早い時に吸われていたようです。
地元の人が吸われた時は、2~3日血が止まらなかったと聞きました。
心配しましたが、そこまではひどくならずに済んだのが幸いです。
できれば、ヒルのいない時期に行きたい山です。

新湊・日本のベニス-内川

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富山湾に面する射水市の新湊地区。
東の富山新港と西の庄川河口を結ぶ運河が、日本のベニスと呼ばれる内川です。
北前船の中継地として栄え、両側には古い街並が連なります。
驚くほど間近にある水面と、多くの漁船が独特の風景をつくりだしていました。


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3kmほどの短い運河ですが、その間に橋が15か所もあります。
個性的な橋が多い中、一際目立つのが赤い屋根がかかる「東橋」です。
スペイン人の建築家セザール・ポルテラ氏によって、設計されました。


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歩行者と自転車だけが渡れる橋で、街並みにも溶け込んでいる印象です。
一方で屋根に載せられた月と太陽が、どこか異国情緒を醸し出しています。
海の先の世界とつながる、港町ならではのデザインかもしれません。
とても暑い日でしたが、橋上は川面を伝う風が気持ち良く通り抜けていました。


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東橋のすぐ隣には、コンクリートの水道橋が架かっていました。
人や車が渡らないので、古いまま残されているのでしょう。
それがかえって味となり、趣のある風景になっています。


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映画のロケにも使われた番屋(漁師の作業小屋)が、カフェなどで活用されています。


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室内から外を眺めると、水面に近い生活を実感できます。


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古い時代がそのまま残る街中では、他にも映画のロケ地を多く見かけます。
こちらは紫色の看板が似合う、スナック「海の女王」!
店内ものぞいてみたいところですが、残念ながら閉まっていました。


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運河沿いには「川の駅・新湊」があり、休憩したり買い物が楽しめます。
水辺と一体になった暮らしが、感じられる街でした。
水鳥にしてもそれは同じなのでしょう、目の前のサギも…逃げません。

神流・御荷鉾山 鉾のある東西2つの山頂

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群馬県の南端、神流(かんな)町。
下久保ダムで生まれた神流湖の北西に位置するのが、東西の御荷鉾山です。
林道を上ると駐車場がある登山口があり、近くには立派な「鉾」が祀られていました。


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まず目指すのは、西御荷鉾山です。
山頂までは30分ほどですが急斜面が続き、たっぷり汗が搾り取られました。
頂上周辺は木々がなく、草原になっています。その理由は…
1700年代に疫病が流行し、古くから信仰の対象だった山にお祈りしたところ治まりました。
村人達はそれを機に、山頂付近に大きな「〇」の中に「大」の字を描くようになったそうです。
偉大さをあらわす「大」、ということでしょう。
晩秋に草を刈って描き出すその印はマルダイと呼ばれ、代々継承されているようです。
頂上に立つとあまりに近過ぎて、残念ながらよくわかりませんでした。


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頂上から見下ろすと、ゴルフ場跡地にソーラーパネルがたくさん並んでいました。
効率や管理の面では、元ゴルフ場というのは最適な場所なのかもしれません。


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次に目指すのは、東御荷鉾山です。
針葉樹が多く植林されていて、主にスギやヒノキの林の中を歩きます。
同じ山の中でも無風の所と、谷からの吹き上げが心地よい場所がはっきり分かれます。
気持ちよい風がよく通るのは、どこも広葉樹が多い場所のようでした。


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途中木々の間から、東御荷鉾山が見えます。
東西両方とも、お椀をひっくり返したような良い形をした山です。


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東御荷鉾山の山頂にも石碑があり、新旧の鉾が数本置かれています。
空を見上げるとたくさんのトンボが飛んでいて、どこか秋の風景のように感じました。


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下山して車で林道を下ると、神流川に出ます。
山に囲まれた不便そうな場所ですが、この流域は縄文時代の遺跡が多くあるそうです。
縄文人にすると、水もあり木の実や獲物が身近にある便利な場所だったのでしょう。


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神流川沿いを下ると、旧鬼石町(現在は藤岡市に編入)に出ます。
そこには廃校の跡地を利用して建てられた、道の駅「上州おにし」があります。
裏には昭和50年に閉校された校舎が残り、当時の空気をそのまま伝えています。
外観を見る限りでは、かなり老朽化が進んでいました。
一刻も早く修繕の手を入れて、有効活用できると良いのですが…。


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木造校舎の横には、鉄筋コンクリートの小さな建物がありました。
扉を開けて中に入ると、アナウンスが流れ始め目の前に縄文時代の住居跡が広がります。
昭和12年に発見され、発掘された当時のまま保存されているそうです。
住居は235×197㎝の長方形の大きさで、中央の炉には灰と炭まで残っていました。
縄文人がまさにここで生活していたんだ…と思うと、とても不思議な感覚になります。
この地の特産・三波石が床に使われ、道の駅の中にも石の展示室があります。
まだまだ観光に訪れる人は少ないようですが、見どころはたくさんありそうな場所でした。

下田 夏の始まり

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いよいよ夏本番、海の季節になりました。
きれいな砂浜で有名な下田ですが、魅力的な磯も数多くあります。
潮が引くと「磯だまり」ができて、様々な生き物を間近で観察することができます。


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夏の始まりには、ピンク地に黒と黄色の縞模様があるキヌバリを多く見かけます。
キタマクラの子供やイソスジエビ、ウミウシなどを見ることができました。
観察後は、もちろん磯に戻します。


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体長10㎝ぐらいのクサフグが、休んでいました。
これより大きいのは、よく見かけます。
逆にこれより小さいクサフグは、ほとんど見ることがありません。
もう少し早い時期であれば、居るのかもしれませんが…。


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穏やかな海面に停泊するヨット。
ボードの上に立ってパドルを漕ぐ人が、気持ちよさそうに通り過ぎます。


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夕方が近づくと、地元の人が釣りにやってきます。
この収穫が、晩御飯のおかずになるのでしょうか。
食べものを、身近な場所で自分で調達できるのが、なんとも羨ましい限りです。


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この時期には、ネムノキが花を咲かせます。
細かい葉をもつ木らしく、花びらも糸のような細かさです。


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下田東急ホテルのエントランス前が、南国風のイルミネーションで飾られていました。
昼間の印象とは、ガラっと変わってとても幻想的な風景です。


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海沿いの崖の上に建つ下田東急ホテルは、1962年の開業です。
最近リニューアルされましたが、以前からの雰囲気が引き継がれました。
すべて新しくするのは簡単ですが、歴史あるものを残して大事に使う姿勢が感じられます。
館内には、開業時から54年間活躍したボイラーの一部が展示されています。
当初は石炭で、給湯と暖房を支えていたそうです。

宝達志水・末森城跡と千里浜 加賀百万石の礎となる合戦場

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戦国時代末期、前田利家の領地の中間地点として要衝の地であった宝達志水町。
見晴らしがきき、防衛がしやすいことから末森山に拠点としての城が築かれました。
1584年、越中の佐々成政が領地分断を狙い、その城に攻め入ります。
その数1万5千もの大群に対し、城を守るのは500人足らず。
その情報を聞き利家は夕方に金沢を出陣し、明け方には相手の背後をつくことに成功。
この勝利で利家は越中を手に入れ、その後加賀百万石を築いていくことになります。
この時の騎馬軍は、硬い砂地が特徴の海岸を利用して奇襲しました。
その海岸が、現在では車で走ることができる「千里浜なぎさドライブウェイ」になっています。
入口には、山の地形を生かした城跡の全景を伝える看板がありました。


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暗い林道を進み、頂上に近くなると平らな場所がいくつか現れました。
これは、二ノ丸があった場所です。
遺跡は何も残っていないのですが、かつて戦場だった空気が今でも伝わってきます。


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頂上からは、間近にせまった日本海が眺められます。


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城跡を下り海岸に出ると、全長8㎞の「千里浜なぎさドライブウェイ」の南端でした。
日本で唯一車で走ることができる、砂浜の道路です。
平らに見えますが、所々大きく凸凹しているので要注意です。


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砂の道を北上し羽咋に入ると、道の駅・のと千里浜があります。
ここで注目は、砂で汚れ潮を浴びた車の足回りを洗う「タイヤシャワー」です。
なんと24時間、それも無料で使えます。
源泉かけ流しの足湯もあるので、車だけでなく人も足回りをリフレッシュできます。


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千里浜では砂像のイベントがあるようですが、道の駅にも大きな像がありました。
ちょうどコテをつかって修理中で、細部までクッキリと形ができています。
この土地の砂は、固まりやすい特性があるのかもしれません。

宝達志水・宝達山 能登半島の最高峰

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能登有料道路が、平成25年に「のと里山海道」と名前を変え無料化されました。
そのおかげで、金沢から能登半島へのアクセスがとても便利になっています。
半島付け根の西側、・宝達志水町のシンボルは、半島の最高峰・宝達山。
宝達という名は、江戸時代前期まで金の採掘が盛んだったことが由来です。
手速比め神社・下社そばにある、「こぶし道」の入口から登山開始です。


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登り始めてすぐに、水場がありました。
この山には多くの金鉱跡があるそうですが、現在は草木に埋もれてわかりません。
最盛期には、今換算すると何兆円にもなる金を採掘していたそうです。
その当時の労働者たちも、この泉でのどを潤していたことでしょう。


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ちょうど藤の時期で、山のあちこちに薄紫色の花が見えました。
ツタで他の木に絡まって、広がっている様子がよくわかります。


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頂上には、手速比め神社・上社が建っています。
能登半島最高峰ではありますが、鳥居がある場所で634m。
ちょうどスカイツリーと同じ高さです。
この鳥居は、昭和47年につくられたものが腐食し、平成28年に建て替えられました。
以前の鳥居がどんな状態だったかわかりませんが、44年間ぐらいはもつようです。
厳しい北陸の冬の気候と、山頂に建つことを考えると長持ちなのかもしれません。


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山頂から白山方向を見ると、まだ雪をかぶった山々が屏風のようにそびえたちます。
景色は気持ちよいのですが、山頂付近はアンテナが林立し少し興ざめです。
しかしその分、しっかり舗装された林道が整備されています。
頂上から少し下った所には駐車場もあり、「山の竜宮城」という休憩施設まであります。
実際、車やバイクで気軽に訪れている人もたくさんいました。


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頂上北側には遊歩道が整備されたブナ林が広がり、気持ち良い新緑に包まれます。

野々市・カレード 図書館+市民学習施設から感じる豊かさ

8-1-1075

訪れるたびに魅力が増す街、石川県中央部にある野々市市。
最近また一つ、新たな魅力が加わりました。
図書館と市民学習の機能をまとめた、「学びの杜・ののいちカレード」です。
住宅街の中、芝生広場に囲まれてのびのびと建っています。


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エントランスに近づくと、特徴的な銀色の軒天井が目に飛び込んできます。
芝生の色が反射して、意外と馴染んでいました。
北陸の冬の気候に配慮して、耐候性のある仕上げにしたのかなと思って中に入ると…


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室内の天井も、全面銀色!
高い天井に光や景色を反射して、さらに広がりを感じます。
児童書コーナーでは、子供向けに音楽+読み聞かせのイベントが開催中。
木琴の音が、大きなワンルームの図書館に心地よく響いていました。
天井から吊られた円形幕に描かれた絵は、地元出身のアニメ作家の作品とのことです。


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吹抜けて2層分の高さのある本棚タワーが、シンボリックにそびえています。
本も人も、まだまだたくさん受け入れられる余裕を感じます。
ゆったり気分に浸れるのが、地方都市の豊かさなのかもしれません。


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図書室の周囲には、市民学習で利用する様々なスタジオがあります。
これはキッチンスタジオですが、他に音楽専用や陶芸などができる部屋もありました。
ギャラリーやカフェも併設され、晴天が少ない冬でもここなら一日楽しめそうです。


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本の選出もよく、興味が引かれるものがたくさん並んでいます。
真新しい本ばかりで気持ち良い上に、本の消毒器まで設置されています。

お台場・レインボーブリッジ 歩いて渡る

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車や電車(ゆりかもめ)で渡ると、車窓を楽しむ間もないレインボーブリッジ。
ゆっくり景色を見るため、芝浦ふ頭側から歩いて渡ってみました。
上に首都高、下は中央にゆりかもめ・両側に道路が通る2段の合流点の見上げです。
吊り橋を留めている巨大な建造物内にエレベーターがあり、橋桁まで上がります。


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エレベーター乗り場では、橋の南北どちら側を通るか選ぶことができます。
なんとなく南側を選びましたが、お台場の景色が楽しめたので正解でした。


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足がすくむような高さから、これぞ「湾岸」という景色が一望できます。
ボートレースさながらに、飛ばすジェットスキー。
人それぞれ、水辺を上手に利用して色々な楽しみ方をしているようです。


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橋桁下段にある歩道には、所々にネットがなくてすっきり展望できる場所があります。
やはり風はかなり強く、悪天候の時は通行止めになるようです。
自転車もエレベータで上がって渡ることができますが、漕いで乗ることは出来ません。


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自転車は台車に後輪を縛り付けて、押していかなければなりません。
橋のたもとにある貸出小屋には、手作りの台車がたくさん並んでいました。
現代的な橋のイメージとは対照的に、のどかさを感じる風景です。


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第六台場が、近づいてきました。
全周を海に囲まれ、立ち入り禁止になっています。
かつて防衛の拠点としてつくられたことを思うと、どことなく恐ろしい印象です。


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第三台場は、海浜公園と陸続きになっています。
新しい街を背景に、桟橋が朽ちていく姿がそのまま残され、時間の流れを感じます。


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遊覧船も多く行き交い、そのまわりにはエサを求めてカモメが群れをなしています。
船上の人達の目には、また一味違う風景が広がっていることでしょう。


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橋を渡り切った所には、お台場ビーチが広がります。
砂浜では、お台場への路線の名前にもなったユリカモメを間近で観察できます。
終のすみかづくりを通して

Author:サトウマサシ

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