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韮崎・甘利山と千頭星山 熊の足跡?

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韮崎インターから30分ほど山道を上がった所にある、甘利山の駐車場。
360度展望の山頂までは、気軽に散策できる距離です。


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車でかなりの標高差を上ってきているので、眼下には韮崎の町が一望できます。


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甘利山だけでは物足りないので、足を延ばして千頭星山に向かいました。
甘利山を振り返ると、お椀をひっくり返したような山頂の形がよくわかります。


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休憩中の視線の先に、なぜか三本そろってきれいに斜めに傾いたカラマツが…。
今年の強風の影響でしょうか、まだ新しそうな傷跡の倒木も多く見かけました。


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カラマツの多い山ですが、すでに葉はすべて落ちていました。
紅葉の季節は、さぞかしきれいだったと思います。
霧がかかってきて、幻想的な風景です。


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霧が晴れ、視界も開けました。
笹原の中の平らな道を、しばらく歩きます。


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ぬかるんだ道に、何やら動物の足跡!
大きな跡と重なって、同じ形の小さな跡があります。
大きさから考えると、熊の親子のような…?
まだ新しそうだったので、鈴をしっかり鳴らしながら先を急ぎました。


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山でよく見かける寄生植物(?)が、たくさん枝にまとわりついています。
網についた海苔に似ていて、美味しそうな見た目です。


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カラマツの落ち葉に覆われた、千頭星山の山頂に到着。
展望はききませんが、林に囲まれて穏やかな風が吹く場所でした。

さいたま新都心・けやき広場 青い光に満たされる

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さいたま新都心駅に隣接する、「さいたまスーパーアリーナ」。
イベント時は、多くの人出であふれかえります。
そのため駅からは、広い歩行者デッキで結ばれています。


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駅から歩いてくるとその正面に現れるのが、「けやき広場」。
林のように見えますが、空中に浮いたデッキの上です。
床内に等間隔にプランターが仕込まれていて、そこに大きなケヤキが植えられています。
冬になると、ケヤキはすべて青いイルミネーションで飾られます。
この時期だけ、青い光に満たされた幻想的な広場に様変わりです。

川口・芝 街中のカワセミ

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普段から気にしていると、街中でも様々な鳥がいることに気づかされます。
「カワセミ」というと、山里のきれいな川にいるイメージです。
しかし住宅街でも小魚を捕る環境があれば、意外と見ることができます。


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きれいな色かわいらしい体形は、何度見ても見飽きません。
獲物を狙ってじっとしているので、写真にも撮りやすい鳥です。


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一定の距離以上近づくと、飛び去ってしまいます。
逆に距離を保って観察していると、小魚を捕る瞬間を見ることもできます。

国立国会図書館 二人でも満腹「メガ図書館カレー」

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落語・講談・浪曲・漫才・曲芸・マジックなどが楽しめる、「国立演芸場」。
1~10日は上席・11~20日は中席と呼ばれ、演目が変わります。
舞台と客席は、生の演芸を身近に感じられるちょうどよい広さです。
壮大な建物が建ち並ぶ一帯で、小さく軒が出た日本らしい外観をしています。
早めに行き最前列の席を押さえてから、付近を散策しました。


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演芸場の隣は、入場無料の「伝統芸能情報館」。
伝統芸能の視聴などができ、好きな人なら何時間でもいられそうです。
そして演芸場のすぐ裏(というかこちらが表)が、この「国立劇場」です。
一辺100mの正方形平面に、見上げ高さ14mという超横長の外観をしています。
水平線を強調した重厚な印象ですが、連なる赤い提灯が華やかさを彩ります。
正面に見えるのは、最高裁判所の外壁です。


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コンクリート製の校倉造りの隅を、見上げたところです。
完成から50年以上経ちますが、手入れが行き届き美しさを保っています。


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正面から目にすることの多い「最高裁判所」ですが、裏側に回って見ました。
石を切出した山の採石場のようにも見える外観です。


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次に立ち寄ったのは、「国立国会図書館」。
最高裁判所と、国会議事堂にはさまれた場所に建っています。


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左側が本館、奥に見えるのが新館で、連絡通路でつながっています。
来館者の多くは、ここにしかない資料を求めて来ていると思います。
調べものに集中している人々の空気が、伝わってくる場所でした。


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新館と本館の間には、中庭があります。
タイル・コンクリート・鉄・ガラスそれぞれの素材感を生かし、曲線や直線で構成されています。
引き戸のように見える出入口は、枠から扉だけ浮いたような形の開き戸になっていました。


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枠の上に扉がかぶさるような、すっきりしたディテールです。
材料はおそらく、錆びて良くなるコルテン鋼のようです。


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長時間いる人のために、館内には喫茶室や売店もあります。
演芸場に戻る前に、6階の食堂で昼御飯を済ませることにしました。
店内の雰囲気は学食か社員食堂に近いのですが、メニューが豊富です。
迷った末に選んだのは、「メガ図書館カレー」。
トレーとほぼ同じ大きさの、四角い皿…
そこに超大盛のごはんと、ひき肉たっぷりのカレー、牛丼の具までのっています。
一つ注文して二人で食べましたが、二人とも満腹になる大満足の一品でした。

白山-7 2ヶ月で復帰した吊り橋

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下りはじめるころには、すっかり雲に覆われてしまいました。
室堂ビジターセンターの先には、一段低く広がる弥陀ヶ原が見渡せます。


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弥陀ヶ原では、完全に雲の中に入ってしまいました。
往路の晴天とはひと味違う、幻想的な景色です。


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地面を這うように枝が広がる、ナナカマド(…だと思います)。
雪に埋もれる影響か?もともとこういう樹種なのか?不思議な形です。


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長い長い下りで膝が限界を迎えた頃、ようやく晴れてきました。
この吊り橋を渡ると、いよいよゴールです。
全長117mで、標高1000m以上では日本一の長さだそうです。


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以前の吊り橋は20m上流で9m低い位置でしたが、土石流で壊されてしまいました。
しかし驚くことにそれからたったの2ヶ月で!現在の吊り橋を完成させたそうです。
災害に負けない、日本人の強さを感じます。


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夜明けにスタートした白木の鳥居には、すでに西日が差していました。
すぐ横に休憩舎があり、コンコンと流れる湧き水飲み場があります。
水筒に入れて持ち帰り、おいしいコーヒーを楽しみました。

白山-6 大きな青い火口池

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室堂でひと休みして、いよいよ頂上を目指します。
直前まで青空でしたが、下から雲がせまってきました。


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雲に追いかけられながらも、何とか青空の下で頂上到着。
石垣に囲まれた奥宮が、出迎えてくれました。


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しばらく頂上を覆っていた雲も通り過ぎ、山頂からの景色が現れました。
そこには青い水面の火口池があり、いかにも「火山」の姿です。


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広大な風景の中では、小さな水たまりのように見えます。
しかし池の左側を歩く人と比べると、その大きさがわかります。


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東方向の山の間には、さらに濃い青色に輝く湖が見えました。
こちらは形から想像すると、火口ではなさそうです。


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頂上では雲に覆われたり、晴れたりの繰り返しでした。
空に近い奥宮のまわりには、雲海が広がります。


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奥宮の屋根は木の板でつくられ、緑色に塗装されていました。
瓦や板金だと、吹き飛ばされてしまうのでしょう。
維持や修理も、簡単そうです。

白山-5 安心の拠点・室堂ビジターセンター

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弥陀ヶ原を抜け、ハイマツ林を登りきると、室堂ビジターセンターが現れます。
標高2450mですが、規模が大きくてしっかり整備された施設です。
周囲には、数棟の宿泊施設が建ち並んでいます。


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中には食堂や売店はもちろん、夏季だけ開かれる郵便局もありました。
診療所も開かれるそうで、夏の賑わいが想像されます。


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外には、ヘリコプターで運んだと思われるたくさんの荷物がありました。
正面に見えるのが奥宮祈祷殿で、その先がゴールの山頂です。


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ビジターセンターは、外壁修理中でした。
手前に見える塗装されたサイディングを、木の板に張り替えています。
天然の木は傷みますが、百年後でも同じものが手に入ります。
一方で製品化された建材の多くは、10年も経たないうちに手に入らなくなります。
建築の寿命を考えると、板壁に変更したのは正解だと思いました。


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山頂直下の室堂は、相当厳しい風雪にさらされるのでしょう。
扉の厚さ、それを支え動かす丁番は、普段目にすることのない頑丈さです。


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宿泊棟にあった、「冬期入口」。
そこだけ黄色に塗られ、ハシゴもかかって、どこか秘密基地のようです。
一面雪に覆われた時の風景を、見てみたい気がしました。

白山-4 弥陀ヶ原のホシガラス

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長く厳しい登りが続いた後に、目の前にいきなり広がる絶景の「弥陀ヶ原」。
平らに開け、正面に白山山頂がそびえる光景は、まさに別天地です。


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低い笹の間を、とてもよく整備された木道が続きます。
風もなく穏やかな中を歩いていると、ここまでの疲れが吹き飛ぶようです。


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笹原の中に赤い実だけが残った木は、ナナカマドのようです。
自分が知っているナナカマドとは違い、地面を這うように横に広がる枝ぶりです。
雪に埋もれる期間が長いせいか、元々そういう種類なのでしょうか…。


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平らな木道を過ぎて再び登りが始まると、周囲はハイマツに覆われました。
途中で弥陀ヶ原を見返すと、通ってきた木道の様子がよくわかります。


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この辺りでは、ホシガラスをよく見かけました。
こんな山の上で、食べ物はあるのだろうかと思っていると…


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ハイマツ林の中を、行ったり来たりしています。
枯れ木にとまったのでよく見ると、松ぼっくりから実を食べていました。

白山-3 つづら折りを登る

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標高2000mを超えると、やがて高い木がなくなり視界が開けました。
空が、すぐ近くに感じられます。


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山の上にも関わらず、なぜか足元には角がとれた丸い石が多く転がっています。
特に白くて卵のような石が、目につきました。


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登山道でも、数多く目につく場所と、ほとんど見かけない場所があります。
この地方は恐竜の化石なども出ているので、かつては海だったのかもしれません。


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道はつづら折りになり、さらに登りが続きます。
厳しい道のりですが、気持ち良い晴天で抜群の景色が楽しめました。


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10月中旬でしたが、日当たりの良い岩肌にも氷が張っていました。
滑る足元に、要注意です。


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標高2320mの黒ボコ岩に、到着です。
上に立つことができるかなり大きな岩なので、記念撮影のスポットになっていました。
この岩も、火山活動の名残りだそうです。

白山-2 頑丈のお手本「甚之助避難小屋」

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標高1960m地点にある、甚之助避難小屋。
高いコンクリート基礎の上にのる、見るからに頑丈そうな木造の建物です。


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山の風景に馴染む、板張りの外壁。
屋根の近くには、雪に埋もれた時の小さな入口があります。


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積雪があり、吹きさらしの場所なので、軒の出も小さくなっています。
ボルト留めされた三角形の上の角材が、短い軒先をさらに補強していました。
頑丈なつくりは、デザイン的にも魅力があります。


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木製の引き戸も、大きなL型のステンレス板で補強されていました。
その戸が動くレールも、ステンレス製の厚いフラットバーが使われています。
板壁は、シンプルに表面から太いビス留め。
これなら傷んだ箇所の取り換えが、容易にできます。


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重さのかかる敷居も、しっかり下から補強されています。
あずき色の板金が、木の壁によく馴染んでいました。


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少し上がった所からの、振り返りの風景です。
中央に甚之助避難小屋が、小さく見えます。
この山深い環境に耐える建物は、「頑丈さ」の良いお手本です。

白山-1 動き続ける谷

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石川・福井・岐阜・富山の4県にまたがる、「白山国立公園」。
開山1301年という、歴史のある信仰の山です。
石川県白山市の別当出合登山口に、広い駐車場があります。
夏は交通規制がありここまで来れませんが、訪れた10月は規制解除されていました。
真っ暗な山道を走り駐車場に到着すると、すでに多くの車が停まっています。
様々な土地のナンバープレートで、かなり遠くからも来ているようです。
夜明けとともに、登山開始しました。


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しばらく行くと右手の山は岩肌がむき出しになり、崖となってそびえ立ちます。
左に見える万才谷には、勢いよく何段にも水が流れ落ちる不動滝があります。
この付近は雪も多く、火山で地盤も悪く、過去に何度も土石流の被害がありました。
そのため谷の水を、山の向こう側に排水するトンネルが掘られているそうです。
こんな山奥での難しい工事とは…、どのように行われたか想像がつきません。
さらに滝の下には、砂防堰堤群が築かれています。


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堰堤は、コンクリートの塊をブロックのように積み重ねて作られていました。
山深い場所で、効率的に作れる方法なのでしょう。
山の大きさと比べると少し頼りなく見えますが、この段差でエネルギーを吸収するそうです。
さらに上がると、文化財に登録された大正時代の谷止工を見ることができました。
岩を一つ一つ積上げた小さなものですが、昔から災害と戦ってきたことがわかります。
目の前の谷も日々変化していきますが、自分が立つ地面も常に動いているそうです。
しかもその変化量は、なんと年間10㎝以上!とのこと。


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水による災害だけでなく、この山は活火山であることも忘れてはいけません。
注意を促す標識や、パンフレットがしっかり用意されています。
入山規制が出ると、想定火口域から4㎞に入る別当出合登山口も立入禁止となります.

蕨・和楽備神社 日本一狭い市のパワースポット

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埼玉県・蕨(わらび)市は全国一狭い市で、面積が5.11㎢しかありません。
東京に近いこともあり、人口密度が最も高い市でもあります。
住宅が密集した一角にある、緑に囲まれた落ち着いた雰囲気の「和楽備神社」。
夜には静まり返る境内ですが、この日は何やら賑やかな様子です。
近づいてみると、ちょうど祭事があり神楽殿で舞が演じられていました。


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笛・太鼓に合わせて、狐の面をかぶった演者が踊っています。
ごく普通の住宅街で、普段見ることのない日本の伝統を見る…
神社という場所がもっている神聖な空気を、強く感じるひと時でした。


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普段は通り過ぎていたので、この機会にお参りすることにしました。
広くはない境内ですが、鳥居が4つあります。
他にも多くの石碑・小さな社・池・太鼓橋などがあって、それぞれ謂れがあるようです。
一つ一つ丁寧に見ていくと、実に興味深い神社です。


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この手水鉢は、江戸時代初期につくられました。
大型で、四隅が凹型になっているのが特徴です。
このような形をしているのは、徳川家ゆかりの場合が多いそうです。
ある大名により、上野・寛永寺に奉納されていた貴重なモノのようですが…
明治になると、なんと近所の豆腐屋で水桶として使われていたとのこと!
怖そうな龍が口を開けていますが、豆腐が入った姿を想像すると微笑ましく見えてきます。


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ひと際明るいガラス扉の中には、大小2台の神輿が飾られていました。
この建物は、最初は神社の拝殿として使われていました。
移築して神楽殿となり、その後今の神輿殿となっています。
歴史ある建物に埋め込まれた、キラキラのショーケースのようです。
特に暗闇の中で見ると、新旧の対比がとてもきれいに見えました。


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拝殿に掲げられた額縁です。
明治44年に町内の神社が合祀され、その時に「和楽備神社」と命名されました。


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近年は整備に力を入れているようで、新しい社務所からは木の香りが漂います。
生活とは少し縁遠くなっている神社ですが、やはり日本人にとっては心が休まる場です。
小さな街・蕨の、まさにオアシスのような存在になっています。

川口・芝辻 庚申塚の覆い屋を見る

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花も供えられ、きれいな赤い着衣の石像が目に留まりました。
道端で見かける、「庚申塚・こうしんづか」です。
石碑のような形をした庚申塔はよく見かけるので、街道の目印か何かだと思っていました。
横に「庚申塚の謂れ」の解説文があったので、あらためて読んでみると、
庚申の夜に、体から抜け出した虫が天に上って、病を引き起こす…らしく、
それを防ぐために像などを祀る信仰が、盛んだった時代があったようです。



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平安時代から続く庶民の信仰を、現代でも大切にしていることが伝わる場所です。
しかしそれよりも気になったのが、像を覆う屋根。
足元が腐りやすい柱は鉄骨、屋根は傷んだら架け替えやすいように木で出来ています。


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形が特別良いわけではありませんが、異種材料がシンプルにつながっています。
こんな風にさりげなくやっている建築を見ると、とても魅かれるものがあります。
つくる人があれこれ考えたことを、クイズのように読み解く面白さに近いかもしれません。

川口・芝小学校 緑の校庭

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9月に仕事場を移転した場所は、川口市の「芝」という地名です。
地名にちなみ、この地域に古くからある芝小学校の校庭は、芝生に覆われています。


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子供たちが毎日利用しているはずですが、とてもきれいな状態でした。
維持するのはとても大変だと思いますが、地域の誇りにもなっています。
名前の縁を生かして、どこでも芝生が目に入る街になれば良いなと思います。

みなかみ・SL転車台広場 転車台の上の小さな小さな小屋

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水上駅に隣接しているSL転車台広場に、D51が展示されていました。
綺麗なので古さを感じませんが、昭和18年…ということは戦時中の製造です。
蒸気機関車というと歴史上のものという気がしていましたが、廃車は昭和45年。
私が子供の頃は、まだバリバリの現役だったということです。
27年間で、164万㎞も走りました。


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広場の主役、転車台です。
高崎~水上間で現在も運転している蒸気機関車は、この転車台で向きを変えます。
タイミングがよいと、迫力ある様子が間近で見られるそうです。


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機械的なブルーの転車台も格好いいのですが、気になるのはこの小さな板張りの小屋。
少し斜めになって、台の端にちょこんとくっついています。
曲面の赤い屋根がのって、何とも親しみやすい姿です。
中の壁には操作の注意書き(?)が張られているので、操作室か待機室だと思います。
それにしても、この扉の小ささ!
かなり痩せた人でないと、出入りが難しそうです。


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駅から少し離れた道の駅・水紀行館には、電気機関車が展示されていました。
昭和22年製造なので、実は広場のSLとはたった4歳違いということになります。
10年後には急勾配用に改造され、山の線路で活躍しました。
昭和56年の廃車まで、地球61周分の距離を走ったそうです。


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みなかみでは様々な動物を見かけますが、少し山に入ったところにいた親子のサルです。
数匹のグループで、道路際の栗の木を揺らして実を落としています。
どうやら、その上を車が走って割れたところを食べているようです。


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襲ってくる観光地のサルもいるので、恐る恐る窓を少しだけ開け、カメラを向けると…
慌てて子ザルが親ザルのお尻に飛びつき、あっという間に走って逃げてしまいました。
ブレながらも、何とか可愛らしい表情が撮れました。

みなかみ・土合駅 日本一のモグラ駅

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谷川岳をロープウェイで下り、車でさらに下るとJR上越線の土合駅があります。
山の駅らしく、駅前広場は広い砂利敷きです。


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三角屋根の下の入口には、「ようこそ日本一のモグラ駅 土合へ」の看板が。


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無人の改札を抜けると、1・2番線の標識。
雪除けの柵が取付けられた窓の外には、上り2番線の線路とホームが見えます。
下り1番線は、奥の入口を左へと進みます。


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改札口からはちょうど180度向きを変えて、少し薄暗い通路が伸びています。
鉄骨の骨組みですが、壁はコンクリートブロックの仕上げ。
深い雪に、耐えられるようにしているのでしょう。
トンネルのようにも見えますが、途中から道路をまたぐ橋になっています。
そういえば駅に入る直前、道の上を何かが横断していたことを思い出しました。


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少しずつ下りながらブロック壁の通路を抜けると、アーチ天井の広く明るい通路に出ました。
ここだけは、両側が端から端まで窓になっています。


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窓から外を見ると、そこは川の上でした。
木々に遮られて気づきませんでしたが、道路のすぐ脇に湯檜曽川が流れていたのです。


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橋を渡りきるといきなり、地中深くに伸びる大階段が現れます。
登山後の疲れもあり一瞬迷いましたが、せっかく来たので下まで降りることに。


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途中の壁からは、ジャンジャンと水が湧き出ています。
地上には川があるので当然のことですが、工事の時はどうしたのでしょう?


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長いとは言え下るのは楽なもので、まもなく1番線下りホームに到着。
待合室もありますが、本数は少ないようで誰一人いませんでした。


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帰り道は、ひたすら上るだけです。
階段の右側は、水路。
左側は石がむき出しになっていましたが、こちらにも水を流すのかもしれません。
照明の光の所だけ苔が生えていて、環境に合わせて生きている姿がわかります。


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床に消えかかった文字を発見。
「ここが階段のまん中です」と書かれています。


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さすがに上りは疲れますが、そんな時はこのベンチでひと休みできます。


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ついに上り切って橋を渡ると、目に入ってくるお疲れ様の看板。
早々とホッとしないように、「まだ少し先ですよ」の心遣いがありました。


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行きに通った通路を戻ります。
どこも絵になる空間の連続で、この時も何かの撮影で利用していました。
それにしても、どうしてこれほど極端に上下線が離れてしまったのでしょう?

みなかみ・谷川岳-4 雲の下におりる

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頂上は雲の中で真っ白でしたが、少し下るとスッキリ良い天気になりました。
下りは余裕ができて、ゆっくり景色を楽しめます。
岩の上での記念撮影、遠目に見ると危なそうです…。


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東方向に見える、西黒尾根です。
ロープウェイを使わずに、山頂を目指すコースがあります。
日本有数の急登だそうで、初心者は下山しないように注意されていました。


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濃い朱色に塗られた鎧張りの金属板の壁が力強い、熊穴沢避難小屋。
過酷な環境下で、しかも車の入れない場所につくられた建物です。
どのようにしてつくられたのか、維持管理されているのか、とても興味があります。
そんな解説があれば、登山者にさらに大切にされる小屋になりそうです。


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登ってきた谷川岳が、正面に見える場所に出ました。
やはり山頂付近だけ、雲がかかっています。
きれいに全容を見たい反面、今ごろ晴れると少し悔しいので、よかったです。
次に来るときは、快晴の日を狙いたいと思います。


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天神平に、戻ってきました。
左の建物がロープウェイの天神平駅で、その周囲にゲレンデが広がります。
5月ごろまで雪が残るスキー場なので、春スキーを楽しめることで有名です。
レストハウスでソフトクリームを食べ、一休みしてからロープウェイで下山しました。

みなかみ・谷川岳-3 雲の中の山頂

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山頂を目前にして建つ山小屋「肩ノ小屋」の横には、「谷川の鐘」が吊るされています。
鐘を目にすると、どんな音か聞きたくて、自然に手が伸びてしまいます。


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小屋の入口は、強風にも耐えられそうな鉄扉でした。
扉の上にもう1つ小さな扉、その横にはハシゴがあります。
大雪の時の、出入りに使うのでしょうか?


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山のてっぺんですが、しっかりした設備が整っていました。
こういう山小屋があると、安心して登山ができます。


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谷川岳は双耳峰と呼ばれ、「トマの耳・オキの耳」という2つの山頂があります。
まずは、トマの耳に向かいます。
しかし…山小屋から少し登ったとたん、一面雲に覆われてしまいました。


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さらに先にある、オキの耳に向かいます。
トマの耳より14m高いので、こちらが正式な山頂なのかもしれません。
しかしやはり…、さらに濃い雲の中になってしまいました。


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休憩中のようですが、絶壁を背にしていることに気付いていないかもしれません。
360℃真っ白な雲の中も、普段は味わえない面白い世界でした。

みなかみ・谷川岳-2 ヘリコプターを見下ろす

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登るにつれて高い樹木が少なくなり、視界が開けます。
西に広がる壮大な山の姿を眺めていると、山裾に何やら煙突のようなものが?
こんな山深い所に、何だろうと思っていると…
他の登山者が、上越新幹線の大清水トンネルの通気口だと教えてくれました。


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つばがついていて、穴もまん丸ではない独特の形をしていました。
このトンネルと並んで、関越自動車道・関越トンネルがあります。
この山の下ですごい大工事が行われたのだと、あらためて感心しました。


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低木や笹の風景になり、いよいよ頂上に近づいてきました。
先の登山道もよく見えて、視界良好です。


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バタバタと大きな音が、聞こえてきました。
目をやると、なんと視線より低い位置にヘリコプターが飛んでいます。
いつも登っているような低い山では体験できない、不思議な光景でした。


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あっという間に雲が湧き起こり、すごいスピードで風で流されてきます。
頂上に着いた時には、少しでも晴れてくれるとよいのですが…

みなかみ・谷川岳-1 ロープウェイで標高1319mへ

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立体駐車場と直結する、標高746mの土合口駅から乗るロープウェイ。
標高1319mの天神平駅まで、573mの高低差を15分で上がります。
山の装備をした人、観光で訪れた家族連れなど、様々な人が利用しています。


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見下ろすと沢が流れていて、滝の様子もよくわかります。
沢に沿って、登山道がありました。
さすがに上る人は少ないようですが、下りの人は数名見かけました。
時間に余裕があれば、歩いて下山するのも楽しいかもしれません。


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晴天の中、いよいよ登山開始。
正面に見える谷川岳の山頂付近は、雲がかかっています。


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険しい山肌には、流れ落ちる水が白い筋になって見えています。
川の始まりです。
この水が湯檜曽川、利根川へと流れ込み、太平洋までつながると思うと壮大です。


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足元を見ると、鮮やかな黄色をした不思議な形のものが…
後で調べると、ニカワホウキダケという毒キノコの1種でした。
ホウキを逆さまにしたような形から、命名されているそうです。


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真っ赤なサンゴのようなものが、登山道にたくさん散らばっているのを目にします。
鳥たちが食べた後のミズキの実の房が、落ちたものでした。
秋の山は、彩りが豊かです。

みなかみ・大峰沼~吾妻耶山-2 秋の山のキノコ色々

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ススキが風になびき、空もどこか秋を感じる季節です。
ヤマヒルに苦労した山ですが、色とりどりのキノコを見て楽しめる山でもありました。


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キノコの知識がないので、名前も、食べられるのかもわかりません。
それでも、目を引く色や形は見ているだけで楽しめます。
デザインされたような鮮やかな赤いキノコが、3つ並んでいました。


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誰かが山に落としていった、ハンバーガー?
それも1つで満腹になりそうな、超ビッグサイズです。


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暗い森の中でひときわ目立つ、白く美しい姿。
帰ってから図鑑で調べてみると…
英語名で「殺しの天使」と名付けられた、最強毒キノコ「ドクツルタケ」のようです!
処置をしなければ、ほぼ確実に命を落とすそうです。


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枯葉の中から顔を出した、可愛らしい小さなキノコ。
真っ赤な傘と白い柄で、絵本に出てきそうキュートな姿ですが、これも調べてみると…
「ドクベニダケ」のようで、名前の通り毒があります。
毒はさほど強くなく、そもそも辛くて苦いので食べられないそうです。
…と言うことは、味わってみた人がいるということでしょうか?


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高貴な紫色で、その上ツヤツヤと光っていました。
食べられるキノコや山菜を見分けられる人は、本当にすごいと思います。
本で得た知識は、自然の中で重ねた経験にはかないません。


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車で山を下る途中、急にヤマドリが道の脇から現れました。
車を停めると、真っ赤な顔をこちらに向けて羽を広げて威嚇(?)してきます。
窓を開けてカメラを向けると、残念ながら逃げてしまいました。
初めて間近で見ましたが、姿形の凛々しい美しい鳥でした。

みなかみ・大峰沼~吾妻耶山-1 山ヒル注意!

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群馬県・月夜野インターから程近い大峰沼を経由して、吾妻耶山に上るコース。
登山口の駐車場から大峰沼までは、比較的整備された道が続きます。
その途中、前を歩く地元の人が一人立ち止まって声をかけてきました。
「今日は特に山ヒルが多いから、注意したほうがいいですよ…」
足元を見ると、すでに何匹ものヒルが靴を這い上がってきています!
ズボンのすそを上げると、靴下の上からすでに1匹が血を吸い始めていました。
ゴムのように伸びるヒルをどうにか引き剥がし、沼の畔にある休憩所まで急ぎます。
地面から木製デッキの上に上がり、一安心して再び足元を確認。
すると早くも数匹のヒルが、這い上がっています!
地元の人がヒル除けを取り出し、靴とズボンの裾にスプレーしてくれました。
どんなものか見せていただくと、その商品名は…「ヒル下がりのジョー」。
ジョーも無敵ではないそうなので、その後も足元を気にしながら先に進みます。
大峰沼は浮島で有名ですが、水が少なく浮いた風景は見られませんでした。
というより、ヒル騒動でゆっくり景色を楽しむ余裕はありませんでした。


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大峰山山頂を目指しますが、林の伐採でルートがわからなかったり、倒木があったり…。
草も生い茂っているのでヒルが気になり、ゆっくり山歩きを楽しめません。
通り過ぎかけた目立たない山頂付近まで来て、やっと少し安心できるようになりました。
キノコがたくさん顔を出す山道を、アップダウンしながらさらに進みます。
やがて石の門柱が見えたら、吾妻耶山の山頂に到着です。


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山頂には、明治24年につくられたという石の祠が3つ並んでいます。
それぞれ別の町村の名が、刻まれていました。
地元の信仰が、昔から広く厚かったようです。


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谷川岳を望みましたが、あいにく雲に隠れて見えません。
そのかわり手前の山に霞みがかかり、一文字に横たわる虹が出ていました。


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山頂からは、山間を流れる利根川沿いの水上温泉街が、間近に見下ろせます。


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復路は、ノルンスキー場の横を通るルートです。
スキーならあっという間のゲレンデも、広い視界を楽しみながらのんびり下ります。


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ゲレンデから再び森に入ると、まだ緑の葉が残る新しい倒木が多く見られました。
今年の台風の影響でしょうか。


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壊れかけた吾妻耶神社の鳥居が、現れました。
何回建て直しても一本になってしまうので、「一本鳥居」と名付けられています。
見ると看板も壊れているので、雪か風の影響を受けやすい場所なのかもしれません。
ここを過ぎると間もなく、ヒルに襲われた往路の大峰沼のルートに合流です。
とにかく早足で一気に駐車場まで下り、足元を見ると…
やられていました!
すでにヒルはいませんが、靴下に2か所大きく血がにじんでいます。
「ヒル下がりのジョー」の力及ばず、かなり早い時に吸われていたようです。
地元の人が吸われた時は、2~3日血が止まらなかったと聞きました。
心配しましたが、そこまではひどくならずに済んだのが幸いです。
できれば、ヒルのいない時期に行きたい山です。

新湊・日本のベニス-内川

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富山湾に面する射水市の新湊地区。
東の富山新港と西の庄川河口を結ぶ運河が、日本のベニスと呼ばれる内川です。
北前船の中継地として栄え、両側には古い街並が連なります。
驚くほど間近にある水面と、多くの漁船が独特の風景をつくりだしていました。


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3kmほどの短い運河ですが、その間に橋が15か所もあります。
個性的な橋が多い中、一際目立つのが赤い屋根がかかる「東橋」です。
スペイン人の建築家セザール・ポルテラ氏によって、設計されました。


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歩行者と自転車だけが渡れる橋で、街並みにも溶け込んでいる印象です。
一方で屋根に載せられた月と太陽が、どこか異国情緒を醸し出しています。
海の先の世界とつながる、港町ならではのデザインかもしれません。
とても暑い日でしたが、橋上は川面を伝う風が気持ち良く通り抜けていました。


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東橋のすぐ隣には、コンクリートの水道橋が架かっていました。
人や車が渡らないので、古いまま残されているのでしょう。
それがかえって味となり、趣のある風景になっています。


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映画のロケにも使われた番屋(漁師の作業小屋)が、カフェなどで活用されています。


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室内から外を眺めると、水面に近い生活を実感できます。


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古い時代がそのまま残る街中では、他にも映画のロケ地を多く見かけます。
こちらは紫色の看板が似合う、スナック「海の女王」!
店内ものぞいてみたいところですが、残念ながら閉まっていました。


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運河沿いには「川の駅・新湊」があり、休憩したり買い物が楽しめます。
水辺と一体になった暮らしが、感じられる街でした。
水鳥にしてもそれは同じなのでしょう、目の前のサギも…逃げません。

神流・御荷鉾山 鉾のある東西2つの山頂

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群馬県の南端、神流(かんな)町。
下久保ダムで生まれた神流湖の北西に位置するのが、東西の御荷鉾山です。
林道を上ると駐車場がある登山口があり、近くには立派な「鉾」が祀られていました。


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まず目指すのは、西御荷鉾山です。
山頂までは30分ほどですが急斜面が続き、たっぷり汗が搾り取られました。
頂上周辺は木々がなく、草原になっています。その理由は…
1700年代に疫病が流行し、古くから信仰の対象だった山にお祈りしたところ治まりました。
村人達はそれを機に、山頂付近に大きな「〇」の中に「大」の字を描くようになったそうです。
偉大さをあらわす「大」、ということでしょう。
晩秋に草を刈って描き出すその印はマルダイと呼ばれ、代々継承されているようです。
頂上に立つとあまりに近過ぎて、残念ながらよくわかりませんでした。


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頂上から見下ろすと、ゴルフ場跡地にソーラーパネルがたくさん並んでいました。
効率や管理の面では、元ゴルフ場というのは最適な場所なのかもしれません。


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次に目指すのは、東御荷鉾山です。
針葉樹が多く植林されていて、主にスギやヒノキの林の中を歩きます。
同じ山の中でも無風の所と、谷からの吹き上げが心地よい場所がはっきり分かれます。
気持ちよい風がよく通るのは、どこも広葉樹が多い場所のようでした。


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途中木々の間から、東御荷鉾山が見えます。
東西両方とも、お椀をひっくり返したような良い形をした山です。


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東御荷鉾山の山頂にも石碑があり、新旧の鉾が数本置かれています。
空を見上げるとたくさんのトンボが飛んでいて、どこか秋の風景のように感じました。


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下山して車で林道を下ると、神流川に出ます。
山に囲まれた不便そうな場所ですが、この流域は縄文時代の遺跡が多くあるそうです。
縄文人にすると、水もあり木の実や獲物が身近にある便利な場所だったのでしょう。


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神流川沿いを下ると、旧鬼石町(現在は藤岡市に編入)に出ます。
そこには廃校の跡地を利用して建てられた、道の駅「上州おにし」があります。
裏には昭和50年に閉校された校舎が残り、当時の空気をそのまま伝えています。
外観を見る限りでは、かなり老朽化が進んでいました。
一刻も早く修繕の手を入れて、有効活用できると良いのですが…。


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木造校舎の横には、鉄筋コンクリートの小さな建物がありました。
扉を開けて中に入ると、アナウンスが流れ始め目の前に縄文時代の住居跡が広がります。
昭和12年に発見され、発掘された当時のまま保存されているそうです。
住居は235×197㎝の長方形の大きさで、中央の炉には灰と炭まで残っていました。
縄文人がまさにここで生活していたんだ…と思うと、とても不思議な感覚になります。
この地の特産・三波石が床に使われ、道の駅の中にも石の展示室があります。
まだまだ観光に訪れる人は少ないようですが、見どころはたくさんありそうな場所でした。

下田 夏の始まり

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いよいよ夏本番、海の季節になりました。
きれいな砂浜で有名な下田ですが、魅力的な磯も数多くあります。
潮が引くと「磯だまり」ができて、様々な生き物を間近で観察することができます。


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夏の始まりには、ピンク地に黒と黄色の縞模様があるキヌバリを多く見かけます。
キタマクラの子供やイソスジエビ、ウミウシなどを見ることができました。
観察後は、もちろん磯に戻します。


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体長10㎝ぐらいのクサフグが、休んでいました。
これより大きいのは、よく見かけます。
逆にこれより小さいクサフグは、ほとんど見ることがありません。
もう少し早い時期であれば、居るのかもしれませんが…。


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穏やかな海面に停泊するヨット。
ボードの上に立ってパドルを漕ぐ人が、気持ちよさそうに通り過ぎます。


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夕方が近づくと、地元の人が釣りにやってきます。
この収穫が、晩御飯のおかずになるのでしょうか。
食べものを、身近な場所で自分で調達できるのが、なんとも羨ましい限りです。


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この時期には、ネムノキが花を咲かせます。
細かい葉をもつ木らしく、花びらも糸のような細かさです。


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下田東急ホテルのエントランス前が、南国風のイルミネーションで飾られていました。
昼間の印象とは、ガラっと変わってとても幻想的な風景です。


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海沿いの崖の上に建つ下田東急ホテルは、1962年の開業です。
最近リニューアルされましたが、以前からの雰囲気が引き継がれました。
すべて新しくするのは簡単ですが、歴史あるものを残して大事に使う姿勢が感じられます。
館内には、開業時から54年間活躍したボイラーの一部が展示されています。
当初は石炭で、給湯と暖房を支えていたそうです。

宝達志水・末森城跡と千里浜 加賀百万石の礎となる合戦場

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戦国時代末期、前田利家の領地の中間地点として要衝の地であった宝達志水町。
見晴らしがきき、防衛がしやすいことから末森山に拠点としての城が築かれました。
1584年、越中の佐々成政が領地分断を狙い、その城に攻め入ります。
その数1万5千もの大群に対し、城を守るのは500人足らず。
その情報を聞き利家は夕方に金沢を出陣し、明け方には相手の背後をつくことに成功。
この勝利で利家は越中を手に入れ、その後加賀百万石を築いていくことになります。
この時の騎馬軍は、硬い砂地が特徴の海岸を利用して奇襲しました。
その海岸が、現在では車で走ることができる「千里浜なぎさドライブウェイ」になっています。
入口には、山の地形を生かした城跡の全景を伝える看板がありました。


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暗い林道を進み、頂上に近くなると平らな場所がいくつか現れました。
これは、二ノ丸があった場所です。
遺跡は何も残っていないのですが、かつて戦場だった空気が今でも伝わってきます。


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頂上からは、間近にせまった日本海が眺められます。


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城跡を下り海岸に出ると、全長8㎞の「千里浜なぎさドライブウェイ」の南端でした。
日本で唯一車で走ることができる、砂浜の道路です。
平らに見えますが、所々大きく凸凹しているので要注意です。


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砂の道を北上し羽咋に入ると、道の駅・のと千里浜があります。
ここで注目は、砂で汚れ潮を浴びた車の足回りを洗う「タイヤシャワー」です。
なんと24時間、それも無料で使えます。
源泉かけ流しの足湯もあるので、車だけでなく人も足回りをリフレッシュできます。


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千里浜では砂像のイベントがあるようですが、道の駅にも大きな像がありました。
ちょうどコテをつかって修理中で、細部までクッキリと形ができています。
この土地の砂は、固まりやすい特性があるのかもしれません。

宝達志水・宝達山 能登半島の最高峰

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能登有料道路が、平成25年に「のと里山海道」と名前を変え無料化されました。
そのおかげで、金沢から能登半島へのアクセスがとても便利になっています。
半島付け根の西側、・宝達志水町のシンボルは、半島の最高峰・宝達山。
宝達という名は、江戸時代前期まで金の採掘が盛んだったことが由来です。
手速比め神社・下社そばにある、「こぶし道」の入口から登山開始です。


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登り始めてすぐに、水場がありました。
この山には多くの金鉱跡があるそうですが、現在は草木に埋もれてわかりません。
最盛期には、今換算すると何兆円にもなる金を採掘していたそうです。
その当時の労働者たちも、この泉でのどを潤していたことでしょう。


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ちょうど藤の時期で、山のあちこちに薄紫色の花が見えました。
ツタで他の木に絡まって、広がっている様子がよくわかります。


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頂上には、手速比め神社・上社が建っています。
能登半島最高峰ではありますが、鳥居がある場所で634m。
ちょうどスカイツリーと同じ高さです。
この鳥居は、昭和47年につくられたものが腐食し、平成28年に建て替えられました。
以前の鳥居がどんな状態だったかわかりませんが、44年間ぐらいはもつようです。
厳しい北陸の冬の気候と、山頂に建つことを考えると長持ちなのかもしれません。


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山頂から白山方向を見ると、まだ雪をかぶった山々が屏風のようにそびえたちます。
景色は気持ちよいのですが、山頂付近はアンテナが林立し少し興ざめです。
しかしその分、しっかり舗装された林道が整備されています。
頂上から少し下った所には駐車場もあり、「山の竜宮城」という休憩施設まであります。
実際、車やバイクで気軽に訪れている人もたくさんいました。


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頂上北側には遊歩道が整備されたブナ林が広がり、気持ち良い新緑に包まれます。

野々市・カレード 図書館+市民学習施設から感じる豊かさ

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訪れるたびに魅力が増す街、石川県中央部にある野々市市。
最近また一つ、新たな魅力が加わりました。
図書館と市民学習の機能をまとめた、「学びの杜・ののいちカレード」です。
住宅街の中、芝生広場に囲まれてのびのびと建っています。


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エントランスに近づくと、特徴的な銀色の軒天井が目に飛び込んできます。
芝生の色が反射して、意外と馴染んでいました。
北陸の冬の気候に配慮して、耐候性のある仕上げにしたのかなと思って中に入ると…


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室内の天井も、全面銀色!
高い天井に光や景色を反射して、さらに広がりを感じます。
児童書コーナーでは、子供向けに音楽+読み聞かせのイベントが開催中。
木琴の音が、大きなワンルームの図書館に心地よく響いていました。
天井から吊られた円形幕に描かれた絵は、地元出身のアニメ作家の作品とのことです。


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吹抜けて2層分の高さのある本棚タワーが、シンボリックにそびえています。
本も人も、まだまだたくさん受け入れられる余裕を感じます。
ゆったり気分に浸れるのが、地方都市の豊かさなのかもしれません。


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図書室の周囲には、市民学習で利用する様々なスタジオがあります。
これはキッチンスタジオですが、他に音楽専用や陶芸などができる部屋もありました。
ギャラリーやカフェも併設され、晴天が少ない冬でもここなら一日楽しめそうです。


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本の選出もよく、興味が引かれるものがたくさん並んでいます。
真新しい本ばかりで気持ち良い上に、本の消毒器まで設置されています。

お台場・レインボーブリッジ 歩いて渡る

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車や電車(ゆりかもめ)で渡ると、車窓を楽しむ間もないレインボーブリッジ。
ゆっくり景色を見るため、芝浦ふ頭側から歩いて渡ってみました。
上に首都高、下は中央にゆりかもめ・両側に道路が通る2段の合流点の見上げです。
吊り橋を留めている巨大な建造物内にエレベーターがあり、橋桁まで上がります。


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エレベーター乗り場では、橋の南北どちら側を通るか選ぶことができます。
なんとなく南側を選びましたが、お台場の景色が楽しめたので正解でした。


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足がすくむような高さから、これぞ「湾岸」という景色が一望できます。
ボートレースさながらに、飛ばすジェットスキー。
人それぞれ、水辺を上手に利用して色々な楽しみ方をしているようです。


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橋桁下段にある歩道には、所々にネットがなくてすっきり展望できる場所があります。
やはり風はかなり強く、悪天候の時は通行止めになるようです。
自転車もエレベータで上がって渡ることができますが、漕いで乗ることは出来ません。


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自転車は台車に後輪を縛り付けて、押していかなければなりません。
橋のたもとにある貸出小屋には、手作りの台車がたくさん並んでいました。
現代的な橋のイメージとは対照的に、のどかさを感じる風景です。


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第六台場が、近づいてきました。
全周を海に囲まれ、立ち入り禁止になっています。
かつて防衛の拠点としてつくられたことを思うと、どことなく恐ろしい印象です。


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第三台場は、海浜公園と陸続きになっています。
新しい街を背景に、桟橋が朽ちていく姿がそのまま残され、時間の流れを感じます。


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遊覧船も多く行き交い、そのまわりにはエサを求めてカモメが群れをなしています。
船上の人達の目には、また一味違う風景が広がっていることでしょう。


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橋を渡り切った所には、お台場ビーチが広がります。
砂浜では、お台場への路線の名前にもなったユリカモメを間近で観察できます。

芝・増上寺 浜松町駅から伸びる一本の軸線

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近年変わりつつある浜松町駅から、西へ進むと現れる大門。
門の先には増上寺があり、まっすぐな一本の軸線が通っているのがよくわかります。
新しそうな門に見えますが、昭和12年誕生なので80歳!です。
江戸時代につくられた初代を踏襲して、鉄筋コンクリートで再建されています。
あえて鉄筋やコンクリートを使って、伝統的な木造の形をつくるのは大変だと思います。
それでも同様の建物が各地にあるということは、それが必要な場面があるのでしょう。
どこかで一度、鉄筋コンクリートで作っている現場を間近で見てみたいものです。


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日比谷通りに面した、大きな三解脱門。
この門は、江戸時代初期の面影を残す唯一の建造物です。
東京タワーとセットで、芝周辺の風景をつくり出しています。


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階段を上り振り返ると、浜松町よりかなり高いことに気づかされます。
海に近い場所なので、もしかしたら江戸時代は東京湾まで見渡せたかもしれません。
訪れたのは桜吹雪が舞う時期で、華やかな気分になる境内でした。


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増上寺に隣接して、こぢんまりとした芝東照宮があります。
全国各地にある東照宮と同様に、徳川家康が祀られています。
戦争で焼失しましたが、昭和44年に再建されました。
それを考えるとすぐ近くにあるあの大きな三解脱門は、よく戦火から守られたものです。

日比谷公園 幹回り7mの大イチョウ

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大都会・東京ですが、その分古くから整備された緑豊かな公園が多くあります。
中でも日比谷公園は、その代表的なものの一つでしょう。
これは、公園中央のレストラン・松本楼の隣に立つ大イチョウ。
幹回りは約7mで、公園内ではダントツで太い大木です。
もともと日比谷交差点脇にあり、明治32年に道路拡張で伐採されかかっていたそうです。
そこを日比谷公園生みの親である博士が、首にかけても…と努力し移植しました。
そのためこの木は、「首賭けイチョウ」と呼ばれています。


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イチョウの足もとには、小さな石橋があります。
目立たないのであまり気にも留められませんが、増上寺にあった江戸時代のものだそうです。
やはり道路をつくる際に、ここに移されました。
古くからある東京の公園をよく見ていくと、色々面白いことに出会えそうです。


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訪れた時は、チューリップが見ごろでした。
新緑も美しく、小鳥もたくさんいて、まさに都会のオアシスです。

浦和 さくらの花いろいろ

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この時期は、仕事場への行き帰りの道でも桜に目がいきます。
歴史の古い高砂小学校の横には、紅白のしだれ桜が並んでいます。
もうすでに散り始めて、緑の葉が見え始めていました。


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秋には紅葉を目にした長久山円蔵寺は、桜が門のように頭上に枝を伸ばしています。
地面に落ちた花びらが、きれいなピンク色の参道を作っていました。


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南浦和のもみじ公園では、毎年ちょうちんでライトアップされた夜桜が楽しめます。
名前と違ってもみじは無く、桜の木に囲まれた小さな公園です。
今年は夜も寒くないので、隣のドラッグストアでビールを買ってゆっくり楽しみました。

浦和・玉蔵院 しだれ桜と猫

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紅白の梅が散ると、今度はしだれ桜が咲き始めます。
いつもは境内でのんびりしている猫も、訪れる人が増えて落ち着かない様子です。


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まだ、三分咲きといったところです。
大きく広がるように、たくさんの竹が組まれ枝を支えています。


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カワラヒワでしょうか。
まだ葉が茂っていないこの時期は、声を追うだけで小鳥を見つけられる楽しい季節です。

浦和・玉蔵院 紅白の梅

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仕事場に近いお寺の梅が、紅白そろって咲きました。
これを見ると、もう春だな…と毎年感じます。
通りがかりの人も、思わず立ち止まって見上げていました。


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春が近づくと、小鳥たちも少しづつ活発になっていくようです。
聞き慣れないチッ…チッ…という鳴き声で、その方向に目をやるとアオジがいました。
近所では見かけない鳥ですが、最近ちょうど動物園で見ていたのですぐわかりました。
黄色いおなかが可愛らしい、スズメくらいの大きさです。
カメラを向けても逃げることなく、しっかりシャッターが切れました。

館林・製粉ミュージアム あらためて小麦粉を知る

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日清製粉の創業の地、群馬県館林。
館林駅前に、小麦粉の製造とその歴史を展示した「製粉ミュージアム」があります。
新館から見える灰色の壁をした本館は、創業期から使われていた建物です。
庭には、製粉用の石臼が置かれていました。
入館料は200円で、最後にお土産がいただけます。


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エントランスがある新館では、小麦粉のつくられ方を知ることができます。
新旧の機械が並べられていますが、どうしても興味は古い方に向いてしまいます。
手前が小麦を砕く「ロール機」、奥はふるいにかける「シフター」。
このロール機は1926年に導入され、2014年まで稼働していたそうです。
主に鋳鉄の部品で組み上がっていますが、なぜか上の箱だけ木製です。
当初は、手動で動かしていたとのこと。
木製のほうが、軽くてメンテナンスしやすかったのでしょうか?


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小麦を細かく砕くための、ロールです。
表面が、粗目から細か目まで変化します。


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ふるいを行う、旧型のシフターです。
隣の最新型と性能は全然違うのでしょうが、仕組みはほとんど変わらないように見えます。
1 重ねたネットの上から粉砕された小麦を入れ、
2 天井吊りのクランク棒が回って振動させると、
3 下の穴から小麦粉が出てくる。
この機械では、ふるいを吊る部材に木製の丸棒4本が使われています。
かなりの振動があると思いますが、木のほうが揺れ方がいいのか?
それとも、壊れても交換しやすいからなのか…?


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粉砕した小麦をふるい分ける、ネットです。
粗目から非常に細かい目まで、段階的になっています。


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これを見ると「砕いて・ふるって・より分けて」という状態が、ひと目でわかります。
シンプルな工程ですが、それが何段階も行われていることに驚きです。


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本館奥に日清フーズ工場が見えますが、製粉工場は集約化のため2002年に閉鎖。
それに伴いたくさんの工場建物が、2003年に解体されました。
その中には明治44年に建てられた、なんと木造5階建て!の建物もあったそうです。
知っていれば、実物があるうちに是非一度見ておきたかった…。
老朽化が著しいため、実測と写真で記録だけが残されました。
現在ミュージアム本館の建物は、明治33年につくられたものがベースになっています。
明治44年に現在の場所に移転し、工場事務所として使われていました。
2012年のミュージアム新館建設に合わせて、保存修理と免震化が行われています。



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明治の様式が感じられる本館の室内には、日清製粉の歩みが展示されています。
部屋の中央には、創業期のロール機が置かれていました。
明治41年に館林工場ができた当時から使われていた、アメリカ製です。
この機械も、上部の箱部分は木製でした。


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壁・天井は、漆喰で仕上げられています。
かなり立体的に作られた鶴と亀の鏝絵(こてえ)を、間近に見ることができます。


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建物の前には、きれいに手入れされた庭園が広がります。
池の中に見える円筒形は、1870年にフランスでつくられた瑪瑙(めのう)の石臼です。
1905年に北海道の修道院に渡り、使われていたそうです。
かなり大きいので人力ではとても回せそうにないな、と思っていると…
幸運にも、池で獲物を捕る鮮やかな色のカワセミを見ることができました。
右奥に見えるのが、館林駅です。
もともと鉄道と直結できる工場立地なので、駅から徒歩0分にあるミュージアムです。

上野動物園 シャンシャンのにぎわい

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シャンシャンの公開が、抽選から整理券式に変わりました。
小さいうちに一度見ておきたいと思い、30年以上ぶり!に上野動物園へ。
平日ですが予想通り、門の前は大行列ができていました。
入園料を見ると小学生までは無料、中学生も都内在住・在学なら無料!
動物好きの子なら、毎日のように通っていることでしょう。
大人600円ですが、年間4回以上行くなら年間パスポートのほうがお得です。
近所に住んでいたら、間違いなく年間パスポートを買うと思います。


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隣では、工事現場の仮囲いにパンダの絵がずらーっと張られています。
長い行列に並ぶ人たちも、期待を膨らまされてどこか楽し気です。


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反対側には、パンダのポストがありました。
黒い耳まで、付いています。
このポストに投函すると、消印もパンダの絵になるそうです。


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どこを歩いていても、パンダ仕様を目にします。
カマボコにはパンダの絵が、奥はパンダの焼き印が入った豚まんののぼりです。


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手にした整理券の集合時間は、3時間後。
ちょうど園内を、一通り見て歩ける時間です。
目にする動物たちは様々ですが、どれも見飽きることがありません。
お馴染みのキリンも、「こんなに背が高かった?」とあらためて驚きました。


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不忍池を背に立つのは、史上最重量の鳥「エピオルニス」の像。
ほんの150年前まで、マダガスカル島に生息していたそうです。
これの前にツルを見ましたが、間近で見ると意外に足が太いんだなと感じていました。
しかしこちらは、400㎏を超える体重!
それを支える脚は、ツルとは比べものにならないウシのような太さです。
こんな貴重な鳥が絶滅…、という意味の大きさを感じさせる像です。


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園内では、多くの野鳥も目にします。
エサのおこぼれをもらえるので、暮らしやすいのでしょう。
これは、ジョウビタキの雌でしょうか?
お菓子の「ひよこ」のような姿が、まさに小鳥らしい可愛らしさです。


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小獣館の外壁一面には、モルタル(?)で密林や動物が描かれていました。
内部はとても暗く、ほのかな赤いライトで暗闇の中の動物たちを見ることができます。
夜のジャングルに入るような、どこか怖い雰囲気を感じる佇まいの建物です。


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集合時間となり、パンダ舎に向かいました。
お父さんのリーリーは、並ばずに見られます。
しかしいつ見ても、同じ場所でお尻を向けて寝たままでした。
見学前に注意説明があり、いよいよ20名程度ずつ順番に移動しながら見学です。
まず現れたのが、元気に食事中のお母さん・シンシンです。
自分だけの時間を、ゆったり過ごしているようでした。


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そしてついに!シャンシャンの前に!
遊び回っているかなと思いましたが…、木の上でお昼寝中でした。
幹に頭をのせた、可愛らしい寝姿です。
寝ぼけて落ちないか、ちょっと心配になります。


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久しぶりの動物園を満喫したあとは、上野公園を散策。
シャンシャンと同様、最近大河ドラマで人気の「西郷どん」像に立ち寄りました。
上野駅周辺は大きく様変わりしていますが、西郷さんは昔のままです。


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上野には広い公園と不忍池があり、動物園・美術館・博物館・大学などが集中しています。
一方で、寄席があったりアメ横のような賑やかさもたくさんある街です。
洗練されたカッコイイ街ではありませんが、見どころの数・奥深さは随一だと思います。
公園の隅で、謎めいた風貌の白髪男性が、革のカバンから人形を取り出しました。
彼のあやつる人形に、子供たちはすっかり引き付けられています。
街のあちこちに様々な文化がある、上野公園です。

南魚沼・塩沢宿 雁木の町並み「牧之通り」

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コシヒカリで有名な、新潟県南魚沼市。
国道17号から塩沢駅側に入ると、並行して通る三国街道があります。
この通りが数年前に、江戸時代の宿場町の街並みとして再現整備されました。


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豪雪でも往来に支障がないように設けられた、雁木(がんぎ)。
通り沿いに長く連なり、街並みに統一感を与えています。
柱には趣のある看板が付き、軒裏には民具などが吊るされています。


8-1-1022

通りに面するほとんどの建物が、昔の宿場を感じさせる佇まいです。
こちらは銀行ですが、両替商の看板に蔵の扉が設えてあります。
これだけ多くの建物を、ほぼ同時期に整備できたことが驚きです。


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各建物には、立派な「まちなみ景観協定の合格之証」が掛けられています。
町の景観整備が、とても上手にできていることを感じました。


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雁木を歩いていると次々に楽しい仕掛けが目に入り、飽きることがありません。
なぜかカマキリ?が紹介してくれているのは、過去の大雪の記録です。
たった1日で1.4mの降雪とは!…信じられません。


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格子窓には解説板が掛けられ、雪国ならではの様々な小話が筆文字で書かれています。
豪雪のこの地域では屋根の除雪は、雪下ろしではなく「雪掘り」というそうです。
他で見た解説板には、道路の雪を融かす消雪パイプのことが書かれていました。
昭和38年に長岡で初採用され、その後各地に普及したものだそうです。
最初は水だけで豪雪が消えるとは、誰も信じていなかったようです。


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豪雪地帯とはいえ、ここまで雪にこだわった町づくりには理由があります。
それは、この街出身の江戸時代の作家・鈴木牧之(ぼくし)。
雪国の生活を伝える書物「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」を、世に出した人物です。
40年かけてまとめ上げたこの本は、7冊・125話に55の挿絵を収録。
生々しい雪の恐ろしさなども、記されました。
雪のない地方の人にとっては、大変興味深いものだったのでしょう。
江戸時代の、ベストセラーになったそうです。
これは壁に架けられていた、挿絵の雪の結晶です。
この通りも、牧之通りと名付けられています。


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通りから少し奥まったところに、「お米の楽校」の看板を発見。
コシヒカリの本場ならではの、米の選別工程の展示がされていました。
隣接して食堂もあり、釜炊きしたごはんが食べられます。


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展示の中で最も驚いたのが、米俵5俵・300㎏を担ぐ女性の写真。
その前には、米俵1俵が置かれています。
1俵ぐらいなら…と思い手をかけましたが、簡単にはとても持ち上げられない重さです。
昔の日本人は、身も心も強かった!とつくづく思いました。

六日町・八海山スキー場 雪上の足跡

8-1-1016

八海山の山頂はずっと上ですが、スキー場のロープウェイはここが山頂駅となります。
ここまで上がると木々も雪化粧をして、見渡す限り真っ白です。
スキーヤーに混ざって外国からの観光客が、この銀世界を楽しんでいました。


8-1-1017

麓の集落を見下ろすと、まさに水墨画。
白い段々畑(田んぼ?)が、幾何学模様のように見えました。


8-1-1018

雪原では、様々な足あとを目にします。
これはたぶん、ウサギでしょう。
ゲレンデを横切って、かなり活動範囲が広そうです。


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下から1本の足跡が上がってきて、ふたつに分かれています。
上の雪原をぐるっと回って、同じ道に戻ってきたのか?
別のウサギが上からやってきて、踏み固められていた道をたどって下ったのか?
足跡から行動を想像していると、野生の動物たちが身近に感じられます。

金沢・にし茶屋街 真っ赤な壁のお座敷

8-1-1012

3つある茶屋街のひとつ、にし茶屋街。
100mほどの石畳の道の両側に、茶屋が並んでいます。
ひがし・主計町の茶屋街のような路地裏がないので、少し単調な印象です。


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街並みの中の一軒が、西茶屋資料館(無料)になっています。
建物は古いものではなく、茶屋の跡地に再現したものです。
1階は小説家・島田清次郎の資料館、2階に上がるとお座敷があります。


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地味な外観とは対比的に、お座敷の壁は真っ赤に塗られています。
明かりが赤く反射して、非日常の空気感が漂っていました。


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芸妓さんが使う三味線や太鼓が、置かれていました。
隣の建物が旧検番で、昔から稽古場として使われているそうです。
タイミングがよければ、稽古の音を耳にすることができるかもしれません。

竹富島-2 赤瓦の工事風景

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集落が途切れるあたりで、新築工事の現場を発見。
一度見たいと思っていた、赤瓦を葺く作業中です。
職人さんに声をかけ、近くでしばらく見学させてもらいました。


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平瓦と丸瓦を交互に重ね、台風で飛ばされないように漆喰で塗り固めています。
1種類のコテで、形を整えながら塗っていました。


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小屋組みまですべて見える、平家の大きなワンルームです。
屋根にも壁にも合板が見当たらず、無垢の木に囲まれた気持ちの良い工事現場でした。


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こちらは、近所で行われていた修繕工事。
琉球漆喰は生石灰とワラと水でできていて、ワラの色が出て少し黄色くなっています。
屋根の上のシーサーが、職人さんの隣で作業を見守っていました。


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小さな島ですが、いくつかの工事現場を見ることができました。
こちらは屋根も葺き終わり、完成間近です。
たくさん積まれた古い瓦は、隣に別棟で工事中の建物に利用されるようです。
1枚ずつ丁寧に漆喰をはがすのは大変そうですが、新品にない味わいがあります。
何世代にも渡って再利用できる瓦は、昔も今も優秀な建材です。

竹富島-1 自転車でめぐる島

8-1-997

石垣港から、高速フェリーで約10分。
竹富島は、サンゴ礁が隆起してできた島です。
ほぼ真っ平らなので、レンタサイクルで無理なく島一周を回ることができます。
集落の白砂の道に水牛車が歩き、とてもゆっくりとした時間が流れています。


8-1-998

集落は、「重要伝統的建造物群保存地区」に制定されています。
郵便局も石垣に囲まれた赤瓦の建物で、ポストも懐かしい円筒形でした。


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島の最高地点は少し小高い場所につくられた「なごみの塔」で、標高24mとのことです。
老朽化のため現在は上がることはできませんが、丘の上から赤瓦の家並みが見渡せます。


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学校のそばで目にした、「中筋井戸(ナージカー)」。
よく知る井戸のイメージより、かなり大きなものです。
井戸を掘ると塩気が混ざるようで、飲料水として利用できるこの井戸はとても貴重なものです。
1976年に石垣島から海底送水が引かれるまでは、現役でした。
近くには木々に守られた水道記念碑が立ち、島人にとっての水の大切さが伝わってきます。


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井戸の近くには、給水塔と思われる大きなタンクがありました。
ガイドブックには出てきませんが…もしかしたらこちらが島の最高地点かもしれません。


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集落は島の中央に集まり、その外側にはほとんど車が走らない舗装された道路があります。
道路から少し脇道に入ると草木が生い茂り、驚くほどたくさんの蝶が舞っていました。


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ビーチのある場所では、外周道路から海側に抜けられます。
これはかつて利用されていた「西桟橋」で、夕日がきれいに見えるスポットです。
ビーチの手前で自転車を停めますが、荷物はカゴに置いたままにしないように!
よく目にするカラスが、人を恐れず鞄のチャックを器用に開けて中身を取り出します。


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ビーチでの昼食は、ターミナルで買ったカレー味のジューシー入りイカ墨かまぼこ団子。
おにぎり大もありますが、ちょっと小ぶりで白・黒3個ずつ入ったものにしました。
白いカマボコのほうは、普通のジューシーが入っています。
おかずとおにぎりを一緒に食べている様で、とてもおいしい昼ごはんになりました。

石垣島-海・川平湾 絵のような海の色

8-1-990

石垣島の代表的な風景…といえば思い浮かぶ「川平湾」。
期待していた通りの、絵にかいたような美しさです。
思わず飛び込みたくなりますが、潮の流れが速いため遊泳禁止になっています。


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川平湾近くの公園茶屋で、八重山そばと焼きそばをいただきました。
そばの上のカマボコは、なんと石垣島の形をしています。
焼きそばも同じ麺で、もっちりと食べごたえがある美味しいメニューです。


8-1-992

カンムリワシでしょうか?
そばを食べた食堂の壁に架けられていた写真と、同じようです。
お店の人が「おなかが白いのは子供」と言っていたので、まだ幼鳥かもしれません。


8-1-993

さらにその先の木にも、一羽とまっていました。
こちらは茶色いおなかだったので、成鳥だと思います。
「カンムリワシに注意!」という道路標識をよく目にしますが、これまで見かけませんでした。
川平湾から御神崎の間でよく見かけたので、多く生息しているのかもしれません。
他にも道路を横切るシロハラクイナなど、鳥の姿に楽しませてもらえる島です。


8-1-994

川平湾から西にある、御神崎(おがんさき)灯台。
空に向かって突き出すように、海から62mの高さに灯火があります。
島の西端なので、夕日を眺める絶好の場所です。


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灯台の足もとに広がる、断崖絶壁に打ち寄せる荒々しい海。
崖上に立つ人がいましたが、見ているだけで足が震えてきます。


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この岬の南側は、サーフィンのポイントのようです。
気持ちよく波に乗る姿が、見えました。

石垣島-河口・吹通川 マングローブの群落

8-1-1011

野底岳を源流とし、東シナ海に流れ出る吹通川(ふきどうがわ)。
全長2.2㎞の短い川ですが、その河口には広大なマングローブ群落があります。
無料駐車場に車を停めて、河原に下りてみました。


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マングローブとは、潮の影響がある場所に生きる植物の総称とのこと。
この場所で見られるのは、ヒルギという種類になります。
岸辺の岩肌にはソテツのような木も生え、まさに亜熱帯の風景です。


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独特の形をした根が生い茂り、水面に広がる深い森をつくっています。
生き物たちには絶好のすみかのようで、小魚や鳥も多く見られました。


8-1-987

電柱の上にとまる、イソヒヨドリ。
街中でよく見かけるヒヨドリとは違い、深い藍色におなかの赤茶色がきれいな鳥です。


8-1-988

吹通川から少し南の米原地区の山に自生する、ヤエヤマヤシの群落です。
自生しているのは石垣島と西表島だけで、国指定の天然記念物になっています。
高さは20mにもなりますが、ヤシの実はとっても小さく、1.3㎝しかないそうです。


8-1-989

海沿いの道では、他にも河口や湿地をよく目にします。
市街地に近い湿地「名蔵アンパル」で水鳥を見かけ、立ち寄りました。


8-1-988

まん丸の顔に細いくちばしがかわいい、セイタカシギです。
赤い足1本で、立っていました。


8-1-989

収穫されたサトウキビを積んで走る、ダンプカーをよく見かけます。
ここまで目一杯に積んでいるので…もちろん所々にこぼれ落ちています。
ドサッと落ちないのが逆に不思議ですが、後ろを走る時には要注意です。

石垣島-山・野底マーペー 絶景が待つ頂上

8-1-981

岩肌がむき出しになり、明らかに周囲の山とは違う頂上の野底岳。
この山にまつわる民話から、地元では「野底マーペー」と呼ばれています。


8-1-982

伊野田(東側)と野底(西側)を結ぶ道の途中に車を停め、登り始めます。
車でかなり上っているので、登山距離はさほど長くありません。
ただ草木の密度が高く、赤土がむき出しになっているので、足元は要注意です。


8-1-983

予想通り、大きな岩が重なる頂上からの眺めは360度の絶景!
端までは怖くてとても行けませんが…絶壁だと思います。


8-1-984

島の最もくびれた場所が、よく見えました。
左が東シナ海、右が太平洋になります。
台風の時には波がかかりそうに見えますが、学校や消防署、郵便局などがある集落です。


8-1-1010

島の中ではシーサーは、やはりものすごく身近な存在。
島の北端・平久保崎近くの小学校で、可愛らしい親子?を見つけました。
島内では、草に覆われた美しい校庭をよく見かけます。
広い草原なので、鳥たちにとってもよい遊び場のようです。

石垣島-市街地・石垣港離島ターミナル周辺 島を感じるあれこれ

8-1-977

石垣島は、周辺離島へのフェリー交通の拠点。
売店に沖縄らしい弁当が並び、のどかな空気が漂うフェリーターミナルがあります。
桟橋では、島のヒーロー・具志堅用高さん像と記念撮影ができます。


8-1-978

フェリーターミナルそばの交差点にある、「730記念碑」。
730とは、沖縄が本土に復帰した6年後の1978年7月30日のこと。
その日の午前6時、一斉に車が左側通行に変わった日です。
前夜22時から県内を交通規制し、わずか8時間で全標識の切替えをしたそうです。


8-1-979

公園に立っていた、石垣島の位置を示す標識です。
フィリピンまで1220㎞、台湾までなら270㎞!。
日本と東南アジアは、隣り合っていることをあらためて感じました。


8-1-980

北に車を少し走らせると、ひと山全体に広がるバンナ公園があります。
「エメラルドの海を見る展望台」に上がると、港周辺が一望できます。
真っ平らに見えるのが竹富島で、自転車めぐりにぴったりの平坦さです。

石垣島-集落・白保 日曜市のにぎわい

8-1-973

「南ぬ島石垣空港」から程近く、沖縄らしい集落の風景が見られる白保。
日曜市が開かれている、「しらほサンゴ村」を訪れました。
強い日差しの下では、冬にもかかわらずTシャツ1枚で汗ばむ気候です。


8-1-974

環境保護団体が運営している、「しらほサンゴ村」。
中庭に面した回廊で、地元ならではの品々が売られています。
ちょうど、女子学生達による三線の演奏が行われていました。
最後の曲では、お店そっちのけでみんなで踊りが繰り広げられます。


8-1-975

建物内には漁の方法などが紹介され、実際に使われていた木造船も置かれています。
この船を作れる人が各地に普通にいた時代は、現代より優れているように思えました。


8-1-976

島のいたるところで目にする、神聖な場所・御嶽(うたき)。
石垣に囲まれていたり巨木があったり、そこだけ空気が違うようです。

市川・菅野 住宅街の黒松通り

8-1-971

菅野駅を降りると駅前の賑わいはなく、いきなり細い路地に面したよくある住宅街。
しかしその風景が、とても独特でした。
風景をつくっているのは、途切れることなく目に入る立派な黒松です。
それもかなり道路にはみ出ていたり、逆に民家に入っていたり…。
幹も様々な方向に曲がって伸びていて、江戸時代の街道を思わせる趣があります。


8-1-972

昔はこのあたりまで入り江があったそうで、これらは防風林の名残りです。
この周辺には、幹回り60㎝を超える黒松が約4000本もあるようです。
後から道ができたのだから、道路の真ん中に黒松が生えていても不思議ではありません。
細い路地では車が通れるように、根元が少しだけ切り欠かれていました。

国立新美術館・安藤忠雄展 記憶に刻まれる展覧会

8-1-968

国立新美術館が、開館10周年を迎えました。
現在、建築家・安藤忠雄展「挑戦」が開かれています。
計画が発表されてから、ずっと楽しみにしていた展覧会です。
先日、ついに足を運ぶことができました。
直結する乃木坂駅周辺は、防衛省も移転し以前とは大きく様変わりしていました。


8-1-969

大きな美術館で、広い展示室が7ブロック、他に講堂やライブラリーなどが入ります。
エントランスは、曲面ガラス壁に囲まれた3階分の大きな吹抜けです。
巨大な逆さ円錐形の上にレストラン、足元にはカフェやショップが並びます。
安藤忠雄展は、1階の企画展示室と野外展示場で行われていました。


8-1-970

野外展示場には、「光の教会」を実物大で再現した空間がつくられています。
ここは撮影OKなので、多くの人がその姿を記録していました。
ちょうど安藤さんのギャラリートークがある日で、平日にも関わらずすごい賑わいです。
たっぷり時間をとって訪れましたが、残念ながらゆっくり見られる余裕はありません。
それでも十分、すべての展示からパワーが伝わってくる展覧会です。

私が初めて安藤さんの建築を目にしたのは、京都で過ごした大学時代。
三条通りから階段を下り、高瀬川の水面に触れるようにつくられた「TIME'S」です。
小ぶりな商業ビルですが、コンクリート・鉄・ガラス・石でつくられた、迷路のような空間。
建築を学び始めたばかりで、その美しさや緻密さを実体験したことは衝撃的でした。
それ以来ずっと大きな影響を受けてきたことを、この展覧会であらためて感じることができました。

浦和・長久山円蔵寺 身近に見る紅葉

8-1-966

仕事場への道沿いに建つ、長久山円蔵寺。
今から555年前に開かれ、明治19年に千葉・勝浦から浦和に引っ越してきたそうです。
いつも目にしている大きなイチョウの木が、黄色い葉をたくさん落とし始めました。


8-1-967

青空を背景にした赤・黄・緑の葉に、白い塀・黒い瓦・緑青の屋根。
様々な色が調和する、とてもカラフルな季節になりました。
通りがかる度に、お経を読む声や木魚の音をよく耳にするお寺です。
門前には、ヨガ・写経・コンサート・落語・カフェ・精進料理など多くの案内が置かれています。
普段は縁遠いですが、こういう機会があると一度足を運んでみたくなる場所だと思いました。

埼玉の山歩き・武蔵横手駅~高麗駅 川に触れ巾着田を見渡す

8-1-956

西武池袋線の飯能駅から3駅ですが、間近に山がせまる武蔵横手駅。
駅前にあるのが「やぎの家」という、のどかな雰囲気の場所がスタート地点です。


8-1-957

線路沿いの国道299号を渡り、右手に50mほど行くと、登山道の小さな標識が立っています。
小道に入ると車の音が聞こえなくなり、かわりにきれいな沢の音が響く林道となります。


8-1-958

沢沿いを歩き、最初に現れるのが「五常の滝」。
手前には真新しい小さな祠が、たくさんつくられていました。
案内板も英語・韓国語・中国語で書かれ、観光スポットとして整備中のようです。
大きな滝ではありませんが、間近に近づけるマイナスイオンがたっぷりの場所です。


8-1-960

五常の滝を過ぎると、少しずつ上りになってきます。
日高市から毛呂山町に入りしばらく行くと現れるのが、北向地蔵。
名前の通り、太陽を背に北向きに立っています。
木魚が置かれているので、時折ポクポク…と叩く音が山に響いていました。


8-1-959

途中の物見山の頂上でお昼ご飯を食べ、ゴール地点目前の日和田山へ。
日和田山の頂上からは、遠くスカイツリーまで見渡せます。
ちょうど入間基地で航空祭があり、空に描かれる星形の飛行機雲が見えました。


8-1-961

山頂から少し下ると、金刀比羅神社の裏側に出ます。
天気の良い休日で、たくさんの人が休んでいました。
今回のコースとは逆に、高麗駅側から上ってきている人のほうが断然多いようです。


8-1-962

岩がむき出しになり開けていて、高麗の里が一望できます。
丸太を使った素朴な素木(しらき)鳥居が、この場所にぴったり合っていました。


8-1-963

500万本の曼珠沙華の群生で有名な「巾着田」も、箱庭のように広がります。
高麗川が蛇行してちょうど巾着の形に似ているので、この名がついたそうです。


8-1-964

曼珠沙華の時期は終わっていますが、下山後は巾着田に寄り道。
高麗川の河原には、たくさんのテントが張られ賑わっていました。
巾着田の入口に堰があり、鏡のような水面に秋の景色が映り込みきれいでした。


8-1-965

ゴールは、スタートした武蔵横手駅の隣の高麗駅です。
かなり昔に高句麗と関係が深かった地域で、それが由来の高麗神社などがあります。
駅前には、朝鮮半島に古くから伝わる村の魔除け「将軍標(チャンスン)」が立ちます。
1駅分の山を気楽に歩くことができる、とても身近なハイキングコースでした。
終のすみかづくりを通して

Author:サトウマサシ

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