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宝達志水・末森城跡と千里浜 加賀百万石の礎となる合戦場

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戦国時代末期、前田利家の領地の中間地点として要衝の地であった宝達志水町。
見晴らしがきき、防衛がしやすいことから末森山に拠点としての城が築かれました。
1584年、越中の佐々成政が領地分断を狙い、その城に攻め入ります。
その数1万5千もの大群に対し、城を守るのは500人足らず。
その情報を聞き利家は夕方に金沢を出陣し、明け方には相手の背後をつくことに成功。
この勝利で利家は越中を手に入れ、その後加賀百万石を築いていくことになります。
この時の騎馬軍は、硬い砂地が特徴の海岸を利用して奇襲しました。
その海岸が、現在では車で走ることができる「千里浜なぎさドライブウェイ」になっています。
入口には、山の地形を生かした城跡の全景を伝える看板がありました。


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暗い林道を進み、頂上に近くなると平らな場所がいくつか現れました。
これは、二ノ丸があった場所です。
遺跡は何も残っていないのですが、かつて戦場だった空気が今でも伝わってきます。


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頂上からは、間近にせまった日本海が眺められます。


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城跡を下り海岸に出ると、全長8㎞の「千里浜なぎさドライブウェイ」の南端でした。
日本で唯一車で走ることができる、砂浜の道路です。
平らに見えますが、所々大きく凸凹しているので要注意です。


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砂の道を北上し羽咋に入ると、道の駅・のと千里浜があります。
ここで注目は、砂で汚れ潮を浴びた車の足回りを洗う「タイヤシャワー」です。
なんと24時間、それも無料で使えます。
源泉かけ流しの足湯もあるので、車だけでなく人も足回りをリフレッシュできます。


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千里浜では砂像のイベントがあるようですが、道の駅にも大きな像がありました。
ちょうどコテをつかって修理中で、細部までクッキリと形ができています。
この土地の砂は、固まりやすい特性があるのかもしれません。
終のすみかづくりを通して

Author:サトウマサシ

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